「子どもの成績に関係せず」(日経、20120625)というエッセイを、楽しく読んだ。以下、その要旨。
字が乱暴な小学校5年生。漢字テストも計算テストも成績がふるわず、母親を心配させているが、塾を経営する書き主によれば、頭の回転が速すぎて、書くスピードが追いつかないために、乱暴な書きぶりになると見立て。「0」と「6」など間違いが出やすいところを指摘したら、字は変わらず汚いものの、正確になってきたという。
丁寧か雑かは、表現の仕方による違いであり、子どもの頭と体がどのように動いているかを直接的に示すものではない。なのに、「丁寧なノートは良いこと」と無前提にして、指導の目標が「丁寧にノートを取らせること」になり、そのためのチェックリストを作り、子どもに確認させることが「授業研究」って言う教員たちっていったい…。
児童・生徒の発達や学習について、より深く広い理解がなされているはずなのに、凡庸な、もっと言えば陳腐な見方にとどまり、それにもとづいた「指導」に血道を上げる教員は、決して珍しくない。
学校の先生たちへ。一所懸命になることだけが良い仕事をすることにつながるわけではありません。自分たちのやっていることをちょっと疑って、問い返すことで新しい視野を意識的に得るように努めること、それも良い仕事をする上で大切なポイントです。
子どものありように不思議さや驚き、「へー」「なるほど」ともっと興味・関心をもってほしい。そして「わかってへんなあ、自分は」と感じてほしい。日々新たにいれるように自分をマネジメントしてほしい。その方が楽しい仕事にもなるでしょう?