「いじめ」は「正義」から
1980年代前半だったと思う。タイトルの趣旨の文章に接したのは。仮説実験授業を提唱した板倉聖宣さんによる『楽しい授業』(仮説社)の中。びっくりした覚えがある。
きょう、読売新聞HPの発言小町というお喋りコーナーの一投書を読み、板倉さんの指摘はもっともだなあ、だから「いじめ」をなくすとは簡単に言えない、と改めて思うことがあった。 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0704/521286.htm?g=06 に掲載されたのは、中学校の娘をもつ母親からの投書。クラスの男子生徒と口論になった娘さんが、 >「負けた方が、裸で運動場一周して土下座」という条件で、テストの成績で勝負をすることになったとのこと。 いつもは成績上位の娘さんを、意外にも大きく上回る成績を収めつつある男子生徒の様子から、 >男子からは「裸で運動場一周、楽しみだな~」と冷やかされ、女子からは「男子に負けるとかマジ許さないから」とプレッシャーをかけられたそうです と、この母親はこの賭けを止めさせたいとの趣旨だ。 さて、これが公になった場合、今のご時世ならば、この女子生徒に対する「いじめ」ということになるだろうか。、「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの」という、文部科学省の定義からすれば、これに該当するのだろう。ひょっとしたら、泣きながら走る女の子を見ている生徒に向かって、「おまえ達、人間じゃない」などと、金八先生ぶりを発揮しようとする教師もいるかもしれない。 でも、みなさんはお気づきだろう。これは、正統化されたルールではない点で、まっとうさには欠けるけれど、「私法」として、有効であり、両者の合意を「なかったことにする」訳には、決していかないということを。 すでに拙ブログで述べているように、学校には、学校外社会から見れば正統化されてはいないものの、当事者なりのルールがある。その上で、自死に至るほどの暴走が起こるのは、それが社会的承認を得ておらず。なんとなくの判断が行われていることがあるからだ。つまり、深刻な「いじめ」の場合、終末が明らかでなく、いつまでも続くという点で問題だが、今回のケースは、先の合意内容で取りあえずは終わる(終わらなければ、深刻な問題となる)。結末の明らかな点で、不謹慎な表現だが、「よりましないじめ」とも言うべきものだろう。 「いじめ」は当事者間の「正義」から生まれる。もっとも、そのルールが学校外(あるいは子ども外)から見て、また学校内(あるいは子ども内)から見て、どれほど正統化されているか、ペナルティの基準、範囲、手続きが可視化され、社会的承認をえているかどうか、によってバリエーションがあるけれども。 江戸時代、キリスト教信者に対する幕府の弾圧はすさまじいものだったという。どうして新しい神を信じることが罪人になるのか、信者に納得できたわけではなく、「いじめ」に他ならないが、幕府側にすれば、「異教徒から民を守る」という正義の行使であった。 子どもならではの暴走はあるけれど、それなりの正義でもあること、だから、それを「撲滅」と言うのではなく、どうすればより「まっとうな」正義が行使されるのか、はたして子どもたちにこうした能力を求められるのか、を含めた議論から、始めてはどうだろう。
by walk41
| 2012-07-10 23:27
| 学校教育のあれこれ
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Comments(3)
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ひげおやじ
at 2012-07-10 19:49
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先生のブログの記事を興味深く読ませていただきました。
特に、いじめが「ゲームのルールがはっきりせず、どこまでやれば終わりなのかがわからないままに、資源の配分(この場合は否定的なので、押しつけ)のなされる点で問題なのである」という分析に基づいて、「「いじめ」の問題は、一方的な点にあるのではなく、社会的承認を受けたルールにしたがい、基準、手続き、そして終結までが定められていない点にこそある」と指摘されている点です。 興味深いと思った理由は、こうした「社会的承認を受けたルールの不在」と言う切り口に対して、若干の疑問というか違和感を抱きつつも、いじめ問題を考え、実践の手がかりを考える糸口になり得るのではないかと感じたからです。私は、その「社会的承認」が明確な手続きを取ったものではないけれど、例えば気分として共有されてしまっている(無自覚にも)ような意味で「承認された」ルールが、学校にも子どもの世界にもないかと感じています。だから、この「社会的承認の不在」には違和感を覚えつつも、「社会的承認」という形を問うことに意味があると感じました。
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ひげおやじ
at 2012-07-10 19:50
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その「社会的承認」を問う時、一つは、「社会的承認を受けたルール」そのものの中味の検討が必要だと思いました。7日のブログで、先生が「いじめは正義から」と書かれていましたが、いじめ行為を「正義」とさせてしまうような「社会的承認を受けたルール」とは何かが問題なのではと思いました。学校および子どもの世界にある、そのような「正義」を問題にしないといけないのでは、と思っています。もう一つは、この「社会的承認」をどのように取り付けるのか、という問題を考えていくことが必要だと思いました。7日のブログで、先生は「学校には、学校外社会から見れば正統化されてはいないものの、当事者なりのルールがある」とご指摘なさっていますが、学校のルールも、子どもたち同士が作っているルール(子どもの世界のもの)も、決定から承認までの過程は、ひどく曖昧ではないかと思うのです。ですので、このルールを当事者が自覚的にその成立過程に関与するということが必要ではないか、と思いました。
学校を市民社会的なものへ構築することは可能なのか、という問いもありますが、そういう可能性も追求することが、いじめ問題に取り組み手がかりにならないか、そんなことを思いました。
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walk41 at 2012-07-10 23:15
ひげおやじさま、コメントをありがとうございます。
さて、あちこち私が書き散らしていますので、多分に重複するとは思いますが、ご容赦のほどを。 学校とはどのような社会や生活空間なのか、こうした素朴で重要な問いを関係者は必ずしも突き詰めようとしてこなかったのかも知れません。 学校とは労働を主軸にする、人間関係とそれに付随するあれこれの儀式や「道徳」が必ずしも存在せず、それゆえに、子どもへの働きかけも、どうしても不自然なところが否めません。 その上で、学校なりの「ルール」をいかに構築しうるのか、興味深い議論に思います。学校だからこそ、学校外社会と違っていることに意味を見つけようとするのか、それとも、学校だからこそ、学校外社会の連続上に位置づけられるべきなのか、その限界と意義について議論したいと思います。 引き続き、ご意見のほど、どうぞよろしくお願いします。
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