もう一つのPDCA論批判
教育-学習という活動については、要素の多さ、その絡まりの複雑さから的確に観察できず、したがってどのようなメカニズムで作動しているのかを理解できず、教育計画すら事実上立てることができない。この点において、計画-実施-点検・評価-再実施というサイクルを示すPDCA論は、「サイクルの確立が求められる」と「べき論」(当為論)を唱えるに終始し、実現されることはない。だからこそ、「回さなければならない」という説教がいつまでもくり返されるのである。
「とはいっても、計画のない教育活動はないでしょう。また、やる中で修正したり、やりっぱなしにならないために評価することも大切でしょう」と反論される方もおられるだろうから、確認しておこう。 ここでPDCA論が現実味を帯びていないと述べるのは、計画が青写真とすら呼べるものではない、まったく大雑把なものであり、「まあ、こんな感じで」という域を決して出るものではないということである。このため、実施に際しても性別、年齢、経験、価値志向、健康、気分など多岐に及ぶ違いを有する教職員それぞれのスタイルに委ねられざるを得ず、その結果として生まれているように見える現実の見立ても一様でなく、さらに次回どうするかの判断もさまざまというように、おおよその目標、個々の裁量にもとづく実施と個々の評価、そして改善と、「PDCAが回っていない」状態とほとんど変わらない。「回っていない状態」と「回すべき」との距離があまりないのであれば、「回すべき」と新たな言葉を用いる必要はない。話がややこしくなるだけである。 教育-学習について、このようにまったく目の粗い物差しの話しかできないのに、自動車製造やロケットの発射すら思い浮かべるかのような厳密な話を持ち出すのは、お門違いである。「だいたい、おおよそ」くらいならば、これまでもなされていると見るべきだし、そもそも、評価をせずに人は活動ができない。こうした状況に対して「PDCAを回さなければならない」という論者は何が目新しいのかを、説明しなければならない。 以上の点のほかに、一つ加えよう。多くの人たちが経験的に感じているであろう、教育-学習活動の意外性、創発性の点から言っても、PDCA論は魅力的ではない。 実施する前から達成すべき目標が定められ、それに向かって進めるという発想においては、日々あるいは時間ごとのプロセスが目標実現のための手段と位置づけられる。ところが、学校での日々は、ときに運動会があり、修学旅行がありとその場で完結してしまうことの集積からなっている。何も特別活動の領域だけではない、毎時間の授業ですら、それぞれに小さなドラマがあり、盛り上がり、沈滞、笑いや怒りと刹那が多様に交差するのだ。ある1時間の終わりが次の1時間の始めに接続しているわけではない。教師も時間ごとに仕切り直しをして、「よし、今度は」と授業に臨んでいるのではないだろうか。授業時間は積み重なっても、経験や学習が必ずしもそうなっているわけではない。 こうしてその場ごとに始まり、展開し、終わるという教育-学習のプロセスにおいては、その場ならではの意味が生まれ、やがて消えていく。ちょうど、「人が旅をするのは目的地に到着するためではなく、旅をするためである」(ゲーテ)のようにである。今日の学校生活は今日として意味がある。今日は年度末の「完成」に向けた一歩ではない。 つまり、PDCAという考え方は、「完成」を予め措定し、それにいかに近づくかを問題にする。もちろん、そうした発想に馴染む業界もあるだろうが、教育-学習はどうも難しいように思う。その場で偶然に起こること、意外性、創発性に私たちは驚き、喜び、魅了される。はじめに「今日のめあて」が示され、それに向かって展開される授業がつまらないのはそのためだろう。「見えないこと」「わからないこと」に興味関心が湧くという、人間の生理や心理にそぐわない目標管理の形態は、「どこか無理がある」のだから定着するはずがない。 ゴールが見えており、到達しそうだという状況ならば、目標に向かっていかに進めるかを論じることは有意義だろう。しかし、学校教育とりわけ普通教育は、「人格の完成をめざして」と決して完成しない目標のもとにあるのだから、その特性を十分に踏まえる必要がある。私たちは、先祖から受け継いだ直観や予感をもっと大切にしなければならないと思う。
by walk41
| 2012-10-21 12:52
| 学校教育のあれこれ
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