学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

大山鳴動して鼠一匹

教員制度改革:「試用」3〜5年 新卒は准免許 自民検討
 公立学校教員の免許・採用制度改革を検討している自民党案の概要が13日、分かった。教員希望者に「准免許」を与えて学校に配属、「数年の試用期間」を経た上で「本免許」を与える「インターン制度」を導入し、指導力向上を目指す。本免許を与えた教育委員会が任免権を持ち、責任を負う。現在の制度を抜本改革する内容で、党の教育再生実行本部や政府の教育再生実行会議の議論を経て制度設計に入る。指導力向上を目指して民主党政権時代に打ち出された「教員の修士レベル化」は事実上、凍結される見通しとなった。
 現在の教員免許制度では、大学などで教員養成課程の単位を満たせば、卒業時に免許が与えられ、採用試験に合格した自治体の学校で勤務する。1年間は試用期間になっている。中央教育審議会は昨年8月、指導力不足解消のため、教員を「大学院の修士レベルを修了する」とする内容を答申していた。これに対し、自民党内では「大学院で勉強すれば指導力が向上するものではない」と異論が出ていた。(毎日新聞 2013年4月14日、一部抜粋)
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個人的にはこうなることを願っていた。一年を待つことなく先の中教審答申が骨抜きにされることを、喜ばしく思う。

かつての自分への批判を込めてだが、明治維新や第二次大戦後の学制改革などでなければ、中央政府関係で議論をして、新しい制度を出せば、「現場」の最前線に位置する教室が変化するという前提が、そもそも成り立たないということ、それが今回も証明されたのではないかと思う。

「指導力不足教員」は今や年間に300人程度、約100万人教員がいるとすれば、3000人に一人ほどの割合だ。これくらいはどのような組織でもありうるし、さらには「問題」になる人がいないなど反対に不健康でもある。学校という窮屈な組織ならばなおさらのこと、適応できない人がいてもさして不思議ではない。

また、大学4年間程度の高等教育の経験は重要でも、さらに入職を遅らせることは、多様な学校での現実から学ぶことを阻害し、高齢化する学校教員の世界にあって「若手教員」の活躍を抑制する。4年を超えて就学しなければならないことから、教職を遠慮する若者が増えることも懸念される。学歴にふさわしい給与アップは保証されるのか、も不安だ。そもそも、生徒不在の大学院で「実践的指導力」を求めるなど、八百屋で魚を求めるがごとし、お門違いである。ならば、早く学校に行かせて、働きながら学ぶことができるように、健康的な職場を設計することにエネルギーを注ぐべきだろう。

こうした「教員養成の高度化」、制度の垂直方向を目指すのではなく、「拡幅化」つまり、いろいろな教員、あるいは一人がいろいろな側面を持つことを求めること、水平方向をめざすのが実際的と、私はかねてから主張しているが、「高度化」を唱道してきた人は、今回の政策転換を前に何と言うのだろうか。

「政権が変わるとは思っていなかった」というのであれば、そんなあやふやなものに寄りかかってモノを言ってきたことを猛省すべき(オオカミ少年である)であるし、歴史研究ではない現実の、ましてや改革案レベルの教員養成制度を対象に自身が発言したことの拙さを反省すべきだろう。新しい提案を解説するのは、官僚の仕事であり、研究者ではない。でも、そう振る舞うと教育雑誌が取り上げてくれるものね。

そんな御仁は、今度から「インターン制度」の専門家ですとばかりに、舌の根も乾かぬうちに違うことを発言するつもりだろうか。こんなことにいたずらに時間を使うのは、実にもったいない。大山鳴動して鼠一匹、「平和時」の教育制度改革論はそのようなもの、風呂屋談義に毛が生えた程度、と見定めるべきである。
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by walk41 | 2013-04-14 12:35 | 学校教育のあれこれ | Comments(5)
Commented by 式部 at 2013-04-15 11:32 x
はじめまして、中学生の保護者としてブログを拝見させていただきました。
ぜひともこの検討はしていただきたいと思います。その上で小学校と中学校の新任3年目までの意識や指導力など比較調査をしていただきたいと思っています。
新任3年目までの教職員に対するフォローのありようが小学校と中学校とでは違いますし、教職員の意識の差にも驚かされるばかりです。それに修士を取っていても社会性の無い教職員は生徒にとって迷惑なだけです、しかしあからさまにおかしな行動をしていない限りは生徒や保護者の意見はモンスターピャーレントの戯言としかあつかわれません。
Commented by walk41 at 2013-04-15 16:50
はじめまして。コメントをありがとうございます。

なるほど、小学校と中学校との違い、また新任3年目までの教職員に対するフォロー、さらには彼らの意識の違いが大きいというご指摘ですね。

よくつかわれる言葉ではありますが「社会性」の中身はと問われると、なかなか難しいことでもあります。私としては、客観的な「社会性」を追求するよりも、状況適応の力、幅広く色々な人と関係を作ることのできる柔軟性のようなものが問われるべきでは、と思っています。ご意見を聴かせていただければ有り難いです。(続きます)
Commented by walk41 at 2013-04-15 16:50

「モンスター」のご指摘についても、そのように受け止めてしまう学校側の「ゆとり」のなさが招いている面もあるのではないでしょうか。子どもの教育は基本的に親権に属しますが、その上で、学校が多くの税金を費やして運営されている点も無視できません。情報公開や説明責任、あるいは学校評価や費用対効果という掛け声が、学校を追い詰めている面もあるでしょう。

ですから、学校は広く納税者の期待や要求の込められたものでもある点をご了解いただき、社会全体で子どもを育てる、という最大公約数で適度にぶつかり合うことを含めて、関われればなあ、と願います。繰り返しめきますが、学校は何かのサービスを提供する場というよりも、関係者が衝突を伴いながらも、やりとりできることに、恐らく意味があると考えるのです。
Commented by 式部 at 2013-04-16 14:58 x
返信ありがとうございました。「社会性」についてはおっしゃる通り状況適応の力、人間関係を構築するための柔軟性は必要なことと思います。
できれば教職員を目指す方にはマイケル・サンデル氏の白熱教室のような授業をクラスでやっていただければ授業後も自分達でディスカッションをしたくなるようで楽しいだろうなと勝手に思っています。
Commented by walk41 at 2013-04-17 01:14
再度のコメントをありがとうございます。

教員へのご期待とうかがいました。サンデル教授のように行くかはともかくも、学力向上や説明責任あるいは評価といった言葉は、どちらかと言えば「正しい」ことを前提にしがちです。何が正しいかはわからず、ああだこうだと議論することにこそ意味があるという哲学を、たとえば義務教育段階においても問う意味があるでしょう。「わかりやすい授業」ではなく、「ちょっとわかりにくい授業」こそ大切だという立場です。

こうした問いを楽しむ資質と態度をはたして教員が持ち得ているか、また社会的に認められるのかと、大いに議論したいと思います。今度ともどうぞよろしくお願いいたします。
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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