学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

教員の自己満足?

100人を越す大規模授業の準備、もう一つの80人ほどの授業でもそうだが、毎回配布するレジュメに「前回の感想から」とコーナーを設けて、A4版1枚分くらい学生の感想を紹介する。打ち込む作業が面倒ではないとは言えないけれど、彼らと紙上対話することで、次の授業の冒頭の補足やコメントをする際のヒントになるので、助かる面も大きい。

学校に代表される公教育の経営をどう捉えるか、また把握できるかについて、マクロ、メゾ、ミクロレベルのそれぞれの具体に即して考えようとする授業だが、教員が児童生徒とどのように授業を進めるかというのは、ミクロレベルの公教育経営に位置付けられる。

そこで、かけ算の順序について取り上げたのが前々回、そして授業でやりとりをしたあとも何人もの学生が意見を書いた。「6人にそれぞれ8本ずつ鉛筆を配ります。何本鉛筆が要りますか」という問題に、「6×8」は間違いで、「8×6」が正しいという教え方は、はたして妥当かというテーマだ。その紹介をしたいことと、二つのことが確かめられるのではという提案。

算数のかけ算の問題で、私の班ではバツにするのはおかしいと話をしていたのですが、他の班ではおかしくないという意見もあり、このような意見の違いが実際の現場の教育の違いにつながるのだろうなと思いながら聞いていました/理科専攻の自分としては本当に理解できませんでした。単位が変わるという話も、たとえば速度×時間、時間×速度のように結果は距離となり、単位は同じになります/自分もひつこく教師に言われた。そのことは今でもしっかり覚えているが、意識して守ろうとした記憶はない。たぶん自分がなぜそうしなければいけないのか、納得がいっていなかったからだろう/

その一、どのように教えられようとも、合点がいかなければその人のものにはならない、つまり、「教える」ことと「学ぶ」ことは、ずれても当たり前ということ。「教える」側の都合だけで「方法」なるものを述べることはできない。あくまでも相手との関係によって、という条件つきである。だから、教員だけで「優秀」か「指導力不足」かを、原理的には峻別できない。またこんな辛口の感想もあった。

かけ算の問題については、教師が理想を追求しすぎていると思う。将来のことを考えて教育すると表面上は素晴らしいように見えるが、実際は教師が教えることに満足する自己満足教育になっている。子どもたちの豊かな発想力をもっと活かしてあげるべきだと…/

その二、「子どもの豊かな発想」うんぬんは脇に置くとしても、教えることに自己満足していないかとの意見は耳を傾けるべきでは。教育活動のゴールは児童生徒がより学ぶこと、教えることはその一つのきっかけである。「教えられることは学ぶ上で大切」とは、常に教えられなければならないとか、教えられたとおりに学ぶということを意味しない。

教えられる側は、いつも自分なりにいわば翻訳をして受け止めている、児童生徒の受け止めをいかに受け止めるかも教員の翻訳という作業を経ている。お互いが探り合いのような格好でその場に臨んでいる、教室をこう説明する方がより説得的ではないだろうか。
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by walk41 | 2013-05-06 12:29 | 学校教育のあれこれ | Comments(3)
Commented by ポッピーママ at 2013-05-06 17:31 x
こんにちは。北海道は寒い寒い連休でした。帯広市では雪が降っています。桜なんか、今月下旬まで咲きません。私は体調がすぐれなかったので、家でダラダラしていました。うちのわんこも、ストーブ(5月なのにストーブ焚いてます)の前で猫みたいに丸まっています。
事後報告で申し訳ありませんが、こちらへのリンクを拙ブログに貼らせていただきました。
大分県教育センターの報告書、読みました。どういう経緯で、あのような内容の調査・報告が行われたのか、大変興味を持ちました。
↑教師の自己満足……の件、耳が痛いですね。教える側が何をどう教えるかに大変な労力を注ぎますが、それが、教えたとおりに理解されるとは限らない。どんなに工夫しても相手が複数であり多様な背景を持つのだから、一様には理解され得ない。ごく当たり前の、こういうことを、教師はあまり考えないのかもしれません。
Commented by walk41 at 2013-05-06 21:53
ポッピーちゃんのママさんなのですね。コメントをありがとうございます。北海道は今も雪とのこと、くれぐれもご自愛くださいね。京都は1ヶ月前に桜が終わりました。例年になく長く続きましたが。

拙宅にもハスキーの雑種が3年前までいました。拾った仔でしたが、5月生まれだろうとドイツ語でMaiと名付けられたワガママな女の仔で、16歳まで頑張ってくれました。

さて、大分県の報告書の件、きっかけは数年の間、毎年のようにうかがう中で、以前の教育センター長さんに、こんな研究をやりませんかとお願いしたのです。すると、問題意識をお持ちだったのか、年度途中だったにもかかわらず、研究プロジェクトを快く立ち上げて下さり、「仮説-検証」でなくていいんですよ、授業研究でなくてもいいんですよと、実態を踏まえた提言をさせてもらうに至った次第です。
Commented by walk41 at 2013-05-06 21:53
この報告書の趣旨を普及すべく、今年も協力校を得て、旧来の形にとらわれない校内研究を進めてもらうようにと、教育センターの指導主事が数校に定期的に入ります。私も1度は訪問をと、ゴールデンウイークをはさむ2週間に3回大分に行きます(昨年度は1週間のうちに4回行きました(^^;))。地教委との関係もありますが、よりよい校内研究になることは皆さんの願いですから、是非にと協力をお願いしているところです。昨年度協力くださった中学校で、好評ももらっています。

インターネットで眺めると、北海道もこの「仮説-検証」スタイルが多いようですね。ポッピーママさんも仰るように、こうしたことが当たり前に見えるとは教員の学力問題にも関わると、私も考えています。この6月には道研で研修を担当しますが、そこでお会いする皆さんにも、学校評価にも連なる問題と、強くお伝えしたく思っています。

引き続き、意見交換のできることを楽しみにしています。
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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