学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

赤いドレス?

中学生にとって制服とは何か、どうつきあうべきか、に関わる小さなできごと。

ある中学校教員と話をしたときのこと、こちらも気色ばんでいたのだろうが、「制服をちゃんと着る意味は何ですか」といった質問をしたかと思う。彼女は少し間を置いて、「(そうしないと)お葬式に赤いドレスを着ていくようなことになるのでは」という返事をしたのだ。

ええっ~?!、である。「そんな風になりますか」とすぐに返した私に「なりませんね」と言ってくれたので一安心だったけれど。それでも、こんな例えを思いつくような教員の「きまり」「集団生活」観なのか、とがっかりさせられたのだ。

日本の仏式をイメージして、赤いドレスを着て参列する人、いますか。よほど何かの意味を持ち込むならばともかく、何を好んで、そんな格好で葬式にいかなければならないのだろう。人間関係上のコストがかかる面倒なことを普通しないでしょう。奇異の目で見られるのは、疲れるからね。何で酔狂なことをわざわざしたがりますか。

基本的に人は、快適さを求めるという人間観に立てば、自分が損をすることはなるべく避けようとするのは明らか。葬式に限らず、「場に合わせた方がだいたい得」なんてことは、小さい子どももわかる。それをおして、「自分が損をしてもやりなさい」と教育するならば、わかる話だけれど。

どうも教員の中には、「指導しないと何もわからない」「自分で知ることはできない」という子ども、もっと言えば人間に対する不信感が横たわっているようにすら思う。これが教育的眼差しの一つでもあるのだが、その度が過ぎると、「おせっかい」になってしまうことに気をつけなければならない。

ましてや、異文化理解や多文化共生の昨今、何が正しいかについて、教員つまり生徒にとっては「前の世代」の人間が「後の世代」の人間にもの申すことがどれほどあるのか、も考える必要がある。昔は当然とされたことが否定されたり、その逆であったりと、価値の変動が激しい現代において、教育するのは容易ではないことも。

自分を疑うこと、だからこそ謙虚であること、威張らないこと、そんな能力が教育者と呼ばれる人にはより求められると思うのだ。
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by walk41 | 2013-05-11 12:55 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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