学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

「先生による」

素人の見方に過ぎないのだろうか。

英語の初学者、中学生に、発音にカタカナのルビを振るように求める教員がいると聞く。それも「難しかったら、そうしてもいいよ」ではないようで、カタカナで振っているかどうかをノート提出させて、そうしていなければ減点されるという教育方法をとっているらしい。

おじさんuncle も くるぶしankle も、カタカナではアンクルになるけれど、始めの発音が違うやん。そんな間違った発音を覚えるようにし向けて、どないするのん。

知人が他の教員の様子を聞くと「先生による」と。教員によって、たとえばここに拘る人とそうでない人がいるということなんや。しかも同じ中学校であってすらなんて。校長は、提供される教育の質に責任を負えない、ということ?

徹頭徹尾、同じように指導すべきとは毛頭思わないけれど、基本的な点については、「本当にこれでいいのだろうか」「同僚はどんな風にしているのだろう」と疑問を持って、少なくとも意見交換や議論をすべきだろう。最終的には、それぞれに委ねられるにしても。

下手をすればその教科を嫌いになるかもしれないような話なのに、それぞれの教員にお任せなんて手法のままでは、学校の責任を果たせないことは明らかだろう。こうした弊害を少なくするには、どうしたらいいのだろうか。現職教員のみなさん、お知恵と勇気を求む。
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by walk41 | 2013-06-13 15:58 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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