学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

学校はコンビニ?

高校の職員会議を傍聴した。創立何十年という同校の歴史の中で初めて、とのことだったが、興味深く見学させてもらった。

第三者的に惹かれる点がいくつかあったが、その中でも土・日曜日の学校管理のあり方が議論されたことには、とくに興味深かった。曰く、勉強を教えてほしい、自習をしたい、あるいは部活絡みなのだろう、週休日でも学校に来る生徒がいることについて、教室のエアコンや電気が点けっぱなし、あるいは黒板など汚されることもあって、月曜日の授業に支障があるので、生徒を呼んだ教員は責任を持って、生徒と彼らが使った部屋の管理をしてほしい。しかしながら、実際には学校が開いていれば、コンビニエンスストアのようにあれこれの生徒が学校に入り込んで、とても管理はできない、どうしたらいいのか、という話である。

これまで、教員の業務遂行を、授業や学級経営などの個業的側面と学校行事などの分業ー協業的側面で理解してきたけれど、それは教員の認知的、情動的な働き方についてであって、空間的・時間的にもこの問題が交差することは意識的ではなかった、と気づかされた。つまり、個業的な業務遂行とは、学校のいずれかの空間をある時間を占めることで行われ、これが学校全体としての分業-協業的な業務遂行と衝突することがある、ということである。

個業というものが基本的に存在せず、すべての業務が分業-協業である業態では、このような話は起こらない。自動車製造ラインのエンジン部だけラインを動かしても、自動車は出来上がらないからだ。おそらく、ほとんどの業態はこうなのだが、学校教育は自分ひとりで仕事ができる、あるいは自分ひとりでなければ仕事ができない、という性格を強く持っているので、分業-協業の空間と時間でもある学校施設のルールと抵触することになる。この学校ではこれまで、曖昧にまあまあ(なあなあ?)とやってきたようだが、施設管理上は問題であると、今回の議題になったようだ。

改めて思わされるが、教員は公共施設を使って仕事をするという意識をあまり持たない業務に就いているのだなあと。大学はその最たるところかもしれない。教員の研究室はそれぞれにデザインされ、鍵の管理も任されている。大学の図書なのに、学生が借りられないようなこともあるほどに、個業的なのだ。その昔、どう見てもウイスキーボトルを並べるのにぴったり、と思われるキャビネットを研究室に置いていた教授もいた。

話を高校に戻せば、生徒やその保護者もコンビニと思うほどに、学校が「第2の家」と化しているのかもしれない。そんな場に、杓子定規のルールが馴染まないことは明らかだが、それだけでは困るというのが、公共施設ゆえだろう。まずは、この葛藤する二つの側面を認めた上での議論をするしかない。これを通じて、「教師」と「教員」という二つの世界を行き来してほしいなと思う。
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by walk41 | 2013-07-04 19:08 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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