「餅は餅屋」
多くの企業でコミュニケーション力や即戦力が求められているが、学校教育の世界でも同じようなことが起こっている。実践的指導力、という「力」である。
教育基本法「第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。 …」と、教養を身につけることも目的に入っているのだから、「こんな指導をしたら、こんな力がついた」などとお手軽な話をあまりしてほしくないのだが、世知辛い世の中というか、慌ただしい貧しさというか、ゆとりのないことこの上なしである。 教員養成を担う教育大学でも、学生が実践的指導力の基礎を得るべく、努力することが求められている。「現場で使えない」教員になることはもちろん本望ではないから、ここまでは良いのだけれど、問題は、これに続いて「だから、学校現場での経験を持った大学教員を増やすように」という論理が来ることだ。 ちょっと待った。実践的指導力の基礎を獲得するとは、色々な現実に柔軟に対応できること、臨機応変であること、あるいは、事実認識の際しては複眼的に接近できること、冷静かつ情熱的な感情の表出や演出ができること、といった「より幅のある人間」になることではないのだろうか。「こんな使えるテクニックがある」とか「この資料はそのまま授業に持っていける」といった安直な発想をするような教員では、複雑でまず一回きりしか起こらない現実に対応する上で力にならない。 この点で、小学校や高校での教員経験は、その一回性にたくさん出合っている点で豊かだけれど、それを抽象化したり、並び替えることにもそのまま、長けているかどうかは別である。一つ一つの事例はそれ自体魅力的だが、これらをいっぱい並べられても、大学の授業にはならないし、さらには自分の経験したことをもって一般化されるようなことは、危険ですらある。 だから、大学で教員養成をするという理念を掲げるのならば、大学の強みと弱みを踏まえた教員養成の中身としなければ整合しない。大学の良さは、目の前に児童生徒がいないことである。そこでこそ、抽象的・一般的な議論とマスメディアほかで見聞きする具体との往復運動(思考実験という「頭の体操」)に励むことができる。 「教育現場を経験させる」と大学に来させず、近隣の学校ボランティアにやるなんて、大学の手抜きに他ならず、学生たちはほとんど無償労働に駆り出されている。こんなことで実践的指導力の基礎が身につくはずもなく、つまらないテクニックをいくつか覚えて、学校がわかった気にさせかねない点で、実にやっかいである。 大学はある意味で、初等・中等教育の経験が少ないからこそ存立の意義がある(ちなみに私は、現場という言い方が嫌いだ。大学も文部科学省ももちろん公教育の現場である。「学校現場」という言い方が好きな人には、「児童生徒と接する最前線」という言葉をお勧めする)。このことは、小・中・高校のことを知らないという意味ではない。少し離れたところにいるからこそ、第三者的な見方がその場の現実に意味を持つことがある(「岡目八目」)。最前線は「はいまわる経験主義」に陥りがちである。そして、そのような大学に意味あるのは、どんな教員かと議論を進めるべきだろう。 ちなみに、実際的にこの方向は無理だと思う。「教える」ことがメインの小学校で働いたことがあって、かつ批判的であることを求める大学院生にも授業ができて、学会論文も書いていて、できれば博士号も持ってる、なんてスーパーな人、そんなにいないと思うんだけれど。
by walk41
| 2013-07-10 20:05
| 学校教育のあれこれ
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