学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

暴走しないために

スペインで起こった高速鉄道の脱線事故、人為ミスだったのではないかと指摘されている。

時速80キロで走行すべき箇所を、200キロで走ったと乗務員の一人がfacebookに書き込んだと報じられており(毎日新聞、20130726)、大幅な速度超過が繰り返し行われていた可能性が出てきた。もしもこの通りだとすれば、文字通りの暴走であり、80人もの犠牲者を出した、とんでもない誤りになる。

これを学校教育に当てはめてみると、人間に対する影響は、まずどんなものが望ましいかという価値の点で決め難く、また、仮にある価値を志向してもその実現度合いは測り難いので、誤りかどうかの判断もほとんどできない。この学習指導要領は間違いだった、総合的な学習の時間数は適切でなかった、主幹教諭をこの学校に配置したのは不適切だった、生徒へのあの言葉かけは良くなかったと、議論はあっても、結論は得られない。だって、証拠(エビデンス)がないもの。

誤りと判じられるのは、明確な法規違反、怠慢や注意不足による事故、(時代と場所によって幅のある)「常識的に考えて」不適切と見なされる場合であり、ある程度までは個々の裁量に属する(教員の場合は「教育上の自由」が担保されることになる)。何をしなかったから批判を浴びるかについては、かなり鷹揚な話で、だからこそ学校経営や学校教育実践のマニュアルを作ることができない。

このため、たまに暴走する教員が現れる。誰の目にも明らかな暴行や暴言ならばまだしも、「どうかなあ」と思われるくらい、あるいは「見て見ぬ振り」で済まされるようであれば、暴走が問題になる頃時には、大きなダメージを与えるものになっていること、確かだろう。

ガイドラインやマニュアルが乏しいもと、どうすればいい仕事ができるか。それを支えるのが、自身への分析的・批判的な眼差し、辛口も辞さない交友関係といった、健康的なセルフマネジメントであり、これこそ専門職を自負するにふさわしい能力ではないだろうか。だから、「忙しくて本を読む暇もない」「自分のやり方に批判的な人は嫌いだ」「事件は現場で起こる。一番わかっているのは自分だ」といった姿勢は、十分に暴走モードに入っているのである。
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by walk41 | 2013-07-27 09:23 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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