学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

解けない謎

中学校に行くようになって、改めて感じることがある。これは日本の学校の謎の一つやろうなって。学校で近くの机の人とも話をするのだが、どうも今の私には解けない問題だ。

夜の7時半、学校に電話がかかる。教頭先生が出る。保護者からの電話だ。話したかった教員はすでに学校を後にしている。当の教員がいないことを申し訳ないと電話を切る。ちょっと待って。この時間に電話が通じることが不思議ではないのん。なんて、内心叫んでいるうちに次の電話が入る。今度は、まだ学校にいた教諭あてだ。切り替え先の電話口から聞こえる。「お世話になっています」。いや、お世話してるのは教員、学校なんやけど。けれど、そんな疑問も長続きしないくらいにまた電話がかかる。

たずねると、朝の電話も早いらしい。学校としては何時から何時の間に掛けてくださいとお知らせはしているが、実際は必ずしもそうではないらしい。保護者も通勤途上なのだろう、駅に向かう急ぐ様子が電話口から伝わってくると言う。ならば、つまるところの問題は、日本の社会が忙しすぎるということなのか。

ドイツの学校、私が直接に知っているのは数校に限られるけれど、何となく比べてみて思う。友人でもある校長は、朝は7時過ぎには学校にいるものの、学校を去るのは日にもよるが、遅くても夕方。私が日本から訪ねるような時は、13時半には待ち合わせ場所にいてくれる。すでに学校が終わっているから。祝祭日や長期急患中はほぼ学校に来ない。これで学校が廻る(なるようにしかならないとも言える)のは何故なのか、私の在職中に見つけたいと思う。

ひょっとしたら、日本の教員や学校は、「念には念を」と丁寧に過ぎるのではないだろうか。まあ、そこまでしなくてもたいていは大丈夫なのだが、もしも、ひょっとしたら、こんなこともあるかもと、丁寧の屋上屋を重ねて時間や労力を投資してしまう。結果論だから、そうしなければどうなったかを知ることはできないけれど、それでも「やらないよりまし」とコスト(手間暇や経費的な負担)を度外視して、「いつもコンビニ」状態で待ち構えたり、突発的に生じる事態に対応しようとする。

とはいえ、これまでの経緯があるだろう、また学校管理職とて思うように学校を動かせる訳ではない。だから、おそらく妙案はないのだが、少しずつの実験、セルフマネジメント、チームマネジメント、あるいは学校や関係者に関わるマネジメントのアイディアを出し合う中で、性急ではない緩やかでかつ確実な変化をもたらすことはできないだろうか。

それにしても。遅くまで当たり前のように学校にいる教員に思う。このままではいずれ立ちゆかなくなるから、その前にうまく切り抜けようよ、と。
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by walk41 | 2014-06-02 22:36 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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