学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

学校での仕事のやり方

中学校に行くようになり、大学とは違う時間の流れに身を浸してみようとしている。

教諭の場合、授業は50分、休み時間が10分、このリズムを基本にしつつ、色々な事柄が入ってくる。中学校だから教科によって一様ではないが、空き時間に採点、次の授業の準備、学級を跨ぐ生徒に関する情報交換、学校行事に関する打ち合わせ、保健室に関わる相談、保護者からの電話への対応、教育実習の指導、校内研究(!)に関する教員間の打ち合わせなどがあるようだ。

管理職は授業こそないけれど、改修業者との打ち合わせ、保護者会への対応、学校事務職員との相談、大学への財的・人的なお願い、学校だよりの作成、学校保健や教職員管理に関する会議、まあ尽きないほどあるように見える。

いずれにも通じると思われるのは、業務の遂行が常に複数なこと(multi-task)。この特徴は、次の傾向をもたらすのではないだろうか。その一、ある業務に集中しようとしつつ、他の業務にも傾注しなければらない、つまり、一つに専心しにくいゆえに短時間で仕上げることが難しい。その二、業務に伴う書類や物品が同時に広げられざるをえず、結果、散らかったままになる可能性がある。これは、片付けることが難しいことでもある。その三、ある業務に費やす時間を予め想定することが困難で、もちろん、本人の心構えや能力の問題もあるだろうが、終わりを決めて逆算的に業務を遂行することがなかなか叶わない。

過日の拙ブログにも書いたが、たとえばドイツの教員の働き方と日本の教員のそれとの違いをどう理解すればよいのか、はまだ私にとって謎のままだ。ただし、次の点は言えるのではないだろうか。すなわち、「割り切り」の弱さ、それを支える「人間教師」という心性の強さが日本の教員にはおしなべて明らかではないか、という点である。

何かがあれば「やってあげたい」「やるべきだ」というある意味での優しさ、懸命さが、自身にあるいはときに生徒にも無理を強いる。教育や学習という、ほとんど目に見えない営みに関わっているゆえに、当事者に描かれる世界は多様である。それが過剰評価や過小評価を招き、自己制御を困難にもする。それがひょっとしたら、社会的逸脱や燃え尽き、そして精神的疾患に陥っている可能性も考えるべきではないだろうか。

いずれにせよ、多くの教員の思いがより効果的にまた長く保たれますように。そのための学校経営とはどのようにあればいいのか、ありうるのか、丁寧に考えたい。
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by walk41 | 2014-06-11 22:58 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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