学部生への授業で、学級編成とその担任の決め方について問いかける。その趣旨は、学級間の違いが顕著にならないようにすると同時に、児童生徒と担任との相性ともいうべき点を考慮して決められているのではないか、この点でも、教育活動と経営活動の違いは明らかではなく、むしろこの両者が重なり合う点が多いのではないかと話したのだ。
この授業が終わってから、話しかけてきた学生がいた。かれは小学校の時に児童会会長をやったことがある積極的な子どもだったようだが、このことが小学校と中学校の間の連絡に含まれていたのか、そうした彼の様子が早くも中学校に伝わっており、「だから、君をこのクラスに入れたんだ」といった話が中学校入学間もなく聞こえてきたのだという。
あくまでも、当該学生の回顧の限りだが、その後も管理職あるいはそれに近い立場の教員から彼に、「こんな担任やから君のクラスに」と言われながら、たとえば新採教員の、あるいはちょっと頼りないかなあと思われる学級担任に当たった話を聞かされたとのこと。もちろん、真偽のほどはわからないけれど、「子どもの現状」を踏まえて、ある方略を選ぶというだけでなく、「学級担任の現状」を踏まえて、ある生徒の学校生活が決められる場合もある、という事例を、とても興味深く聴いた。
このような組み合わせとして学級、そして教科が決まるのならば、「誰にでも使える学級経営の方法」なるものがありえないことは明らかだろう。子どもの様子と教員の都合、あるいは、教員の様子と子ども都合が、常に交差して、唯一無二の授業が生まれ、あるいは形成されているのだと重ねて思わされる。