『命の格差は止められるか』(小学館新書、2013)の紹介文を読んだ。
社会疫学の立場から、教育効果を論じている箇所があるのだという。フィールドはアメリカだが、幼児期にスパルタ式で基礎学習を叩き込まれた子どもは、成人になってから、そうでない子どもと比べて、低い喫煙率、一定の収入を得ている割合や持ち家率の高さ、が確かめられるのだとか。
Amazonの読者評も目を通した。論理的無理、日本への示唆の弱さ、医療制度などに未言及、といった限界もあるようだが、問題提起としては貴重な作品だと思う。
学校に限らないが、教育効果のあやふやさは明瞭で、「~したら、~になった」と言えることはほとんどない。過日も中学校の授業を見た帰り、学生に平方根の問題を出したら、一人ができなかった。かつてはできたことなのに、である。学力の剥落は、中内敏夫によれば大正期から指摘されるところであり、「学力低下」は昨今に始まったことではない。
たとえば、生涯学習という言葉を遣うのであれば、教育効果は長期的な視野に立って論じられるべきだろう。だとするならば、学期ごとや卒業を期に評価は行うとしても、それらはあくまでも目安の一つに過ぎない、参考程度に留まると見なすのが妥当だ。
かくも、想定する時間の幅によって、評価の変わるのが学校教育ということを踏まえて議論すべきということ、狭義の学校教育論がいかに不自由かを知る契機になると思ったことだ。