学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

知らないことばかり

中学校の管理職と話す。ある学級で生徒や保護者に対応するケースが多いのではという話から、そもそもどのようにクラス替えと学級担任が決まっているのだろうか、と尋ねたのだ。

学校によって一様ではないだろうが、そこでは学年で話をして、学級担任に応じて生徒を割り振りしている面がなくはない、つまり、どのクラスもある意味で均一あるいは同様ではなく、「偏り」を否めない、ということだった。なるほど、あんまり考えたことのないテーマやったなあ。学校経営を看板に仕事をしているはずなのに知らない。恥ずかしいことである。

思うに、もちろん担任にも生徒の得手不得手や相性もあるだろうから、こうしたことがまったく考慮されなくても構わないとはいわないけれど、だからと言って、はなはだ乱暴な言い方をすれば「花一匁」と「あの子がほしい」に近いようなことが行われてもまずいだろう。クラス間の「偏り」があると、教科担任制をとる中学校の場合、クラスによって授業の進み具合や雰囲気が異なり、教科担当の教員が困ることも考えられるからだ。教員によって生徒が反応を変えることは日常茶飯である。学級担任にとっての快適さが第一義に来られてもなあ。

学級担任はどのように決まるのか、クラス替えはどのように行われているのか、その原則や実際はどのようか。漏れ聞こえるに、学年の「自律性」が発揮されて学校全体、あるいは個々の生徒のことが二の次、三の次になる場合もあるようだ。たとえば、校長のリーダーシップと唱えられても、それが叶わない現実もあることを(リーダーシップを発揮すべきだ、とばかり説教をしていないで)踏まえなければならない。

学校全体とか生徒のためとは、どういうことかわからないけれど、広く判断材料を提供すること、意見を交わすことを通じて、相対的な感覚を得て行動できるように、学校教職員があってほしいなと思う。
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by walk41 | 2014-09-17 13:43 | 学校教育のあれこれ | Comments(1)
Commented by ポッピーママ at 2014-09-28 08:28 x
お久しぶりです。新しい学校は、本当にとんでもないところです。
市内的には、いわゆるテスト学力が高い(全国学テ、市内統一の学力ですとなどで上位)ようですが、保護者も躍起になってドリル学習をさせている結果だと思います。同時に、「テストに出るなら覚えるよ」的なスタンスなので、思考力や発信力などの面では実に浅い。私は、そのことに違和感を大いに感じるけれど、ほかの教員はあまり感じてはいない様子です。教頭も、私が知ったうちで、最低の人間性です。教員同士、教員と保護者の間をわざわざ分断したりもめさせたりするような言動が目立ち、不愉快。真実味のない、信頼できないような、話し方。(とってつけたようなおせじ、言うことがくるくるかわる、その場にいない人を悪く言う、『すべきだ』的な、一つの価値観を押し付けるような威圧、自分が命令すれば一般教員が動くのは当たり前的なニュアンス、パワハラまがいで、若い人や臨採の人へささっていく……)
それで、全国の道徳研究大会の事務局なので、笑っちゃいます。居心地悪いとか働きにくいとか感じている教員は多い。私自身も、高血圧症になってしまいました。健康に悪いので、転勤希望を出そうかと思っているくらいです。
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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