学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

損得の考え方

「留学お得なく国は-米英の学費高騰で広がる視野」(日経、20150316)では、ドイツの学費が無料の事情を紹介。大学も16ある各州で基本的に管理するドイツでは、政権によって違いはあるだろうけれど、学費無償の州は少なくないと思われる。私の調査フィールドにさせてもらっている、Baden-Württemberg州も、現在の政権になってから学費無償化へと戻った。

なぜ、外国人を含めて学費無償なのかという問いに対して、記事では次のように述べられる。「…最近はドイツ政府の考え方が変わった。『天然資源のないドイツにとって、唯一の資源は人の頭脳。その頭脳は多様な意見に触れれば触れるほど革新的なアイディアを生む』と見始めたのだ。外国人に無料で門戸を開くのは、実はドイツの競争力を保つ戦略投資なのだという」。

答えの主がどれほどドイツの考え方を代表しているかはわからないけれど、おもしろい見方だと思う。視野がより長期的で、深みがあるからだ。投資したことのすぐの回収を考えない。翻って、たとえば一年間でPDCAサイクルにしたがって評価を行い、さらには費用対効果を確かめる、という発想もある。これは、上の事例に並べれば、より短期的な視野にもとづくものと言えるだろう。

こう考えれば、つまるところ、損得や意義をどれほどの時間的な長さで考えるかによって、多くの物事の評価基準が変わる、ということになる。「損して得取れ」、「待てば海路の日和あり」あるいは「急がば回れ」などは、長期的にものを考えることの重要性を示唆するものだし、「チャンスの神は前髪しかない」や「即断即決」などは、短期的な発想の優位性を示すものだ。諺はものごとの複数の側面を照らしていておもしろいが、現実に少なくとも二つの面があるということだろう。

今や人生80年とすれば、その能力や発揮のされ方には、いくつもの局面が控えていると考えてよいだろう。人生50年(1947年の平均寿命は、男性50.06歳だった)、しかも社会変動の小さな時代ならば、18歳くらいまでに学んだことで生涯を乗り切れたかもしれないが、「十年一昔」が通用しないような今、人間の変態(metamorphosis)により注目がなされるべきだ。

大学の学費制度もその一つで、学費を有償化して受益者負担とする考えもあるけれど、高い能力を獲得することが個人の利益だけに留まらず社会貢献にも繋がると考えれば、生涯賃金の差で考えると数百万円の学費は大した負担ではないとも解釈できる。どこに着眼するかによって、評価は大きく異なってくる。

あとは好みの問題かもしれないけれど、私は好きだなあ。「後輩に奢るのは、まず自分たちがそうされてきたお返しだし、また先々、彼らが自分たちの後輩に奢るだろうことを楽しみに」とか「縁もゆかりもない人にちょっと笑ってもらえれば、その人もいつか誰かに笑顔をもたらすかもしれないなあ」と考えることは。「すぐに元を取ること」、「得が見出せないのなら投資しないこと」も大切なのだろうけれど。

この頃、思う。「金持ち喧嘩せず」はお金にだけではなく、時間持ち、人間関係持ちにも当てはまるなって。ゆとりがあれば慌てなくてもいいし、誰かを信頼できる(まず信頼すべきは自分である)と思えれば、徒に連まなくてもよい。そんな贅沢を享受できるような状態でありたいと。
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by walk41 | 2015-03-19 10:23 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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