人気ブログランキング | 話題のタグを見る

学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

あまりに乱暴な話

ある講演会にて配布されたレジュメを見た。そのパワーポイントスライドの一枚に、「日本の教師の優秀さを支えたもの」とあり、その一つに「高い給与(1990年代まで)」旨が示されている。これが現在はそうでなくなっているというのだ。

ところが、続くスライドには、いくつかの外国と比べて、現在の日本の教員の学歴が低いとある。えっ、この説明っておかしくない?

だって、教員の給与の水準は基本的に教育歴、つまり学歴の長さによって決まる。教員の給与が高かったというのならば、それは彼らの学歴を投影したものであり、その状況が大きく変わっていないのならば(とはいえ、短大卒までの教員は激減し、修士・博士課程を終えた教員が少しづつ増えている、という変化は生まれている)、給与水準がびっくりするほど下がるはずがない。多くは公務員である教員は、国家公務員に関わる人事院勧告の水準におおむね沿っており、それは民間企業の給料の水準を視野に入れてのものだ。「教員の給与」イメージを大きく変更させるほどのインパクトは生じない。

そもそも、教職志望者の志望理由を見れば、給与水準の高さが高い順位に来るなどは、寡聞にして知らない。倒産しないという安定性を挙げる人はいるだろうけれど、これは公務員全般に当てはまること、こと教員に限ったことではない。教員志望者の多くは、子どもと関わりたい、好きな教科を教えたいという「素朴な」ものである。仮に給与水準が低いからといって、だから志望しないという学生は少数派だろう。私の経験の限り、教育大学の学生は教員の給与水準をそもそも知らないし、関心すら高くない(教員は薄給だと思っている学生が多いようだ。給与水準が低くても志望するって望ましいことではないのかしら)。

こんな風に少し丁寧に考えれば、ちょっと待てよと考えられるのに、勢いで押されると、そうかなあと流してしまう。同じことは「教員採用試験倍率の高さ」が日本の教師の優秀さを支えたという指摘にも当てはまる。

戦後、教員不足は恒常化しており、国立大学教育学部に設置された臨時的短期養成の2年制は1963年度まで存続した。教員需要が供給を大きく上回ったからだ。また、1960年代は都市部の教員不足が深刻で、教育委員会が各地に出張して教員採用試験への応募を呼びかけたほどである。ちなみに、この頃に就職した教員が退職したのは2000年代であり、1980年代に入って指摘された「学校病理」をしっかり経験している世代だ。

ここに注目すれば、教員採用試験の競争率が低かったために、不登校やいじめの問題が生じたことになる。しかしながら、そんな説明はなされないだろう。なぜなら、これまでの教員は優秀だったという話なのだから。かくも、教員の最終学歴と学校問題が直接的にリンクするはずがない。屋上屋を重ねれば、戦前など中等教育が最終学歴だった教員が「先生さま」と(少なくとも表向きは)敬われていたのだから。なのに、こんな乱暴な話をすらっとするなんて、無茶振りも極まれりや。

講演会ってそんなもんなんかなあ。ホラ話が大手を振るうって。ああ嘆かわしい。みんな、よう神妙に聞いてるなあ。
by walk41 | 2016-06-04 14:08 | ことばのこと | Comments(1)
Commented by 鉄五郎 at 2016-06-19 23:12 x
確かにそうですね。考えさせられます。数字やデーターの解釈をそのまま信じる人が多いように感じます。解釈している人は深く考えていないひとに気づきや発見を容易に発信できますから。普段からそんなこと考えてないことをインパクトがあるデーターで示されると弱いです。反省。新聞等でもよくあるかと。
<< 何となくわかる 自分のことばかり考える風潮 >>



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
フォロー中のブログ
最新のコメント
共著論文、掲載&公刊され..
by 土肥いつき at 18:24
yoralyさま、はじめ..
by walk41 at 14:51
Hanna Arendt..
by yoraly at 18:58
はんすさま コメン..
by walk41 at 15:50
さかきばら先生、こんにち..
by はんす★ at 12:22
堀口くん、お久しぶりです..
by walk41 at 20:31
生徒の感情としては関係性..
by 堀口渉 at 00:33
さすらいの教師さま ..
by walk41 at 15:34
こういった事例を聞くに(..
by さすらいの教師 at 09:48
本ブログを拝読する中で、..
by さすらいの教師 at 10:27
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
学校の聖性
at 2024-03-29 14:12
こんなことがあるなんて
at 2024-03-21 21:31
サンクコスト効果
at 2024-03-20 07:13
わかりにくい
at 2024-03-11 20:15
人類
at 2024-03-09 07:42
トランプ
at 2024-02-29 17:15
それぞれの学校
at 2024-02-27 08:28
「教員不足」とその対応
at 2024-02-22 07:31
fight-or-fligh..
at 2024-02-18 09:32
仰げば尊し
at 2024-02-15 15:51
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧