学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

パッシブ・ラーニング(passive learning)

学校教育業界はアクティブ・ラーニングという言葉が席巻、「ラーニングなんて、アクティブしかありえへんやろ」と、こんな言葉遣いを苦々しく思っていた。そこで、珍しく英語版のwikipediaを読んでみたのだ。

すると、active learning の対語に passive learning なる言葉もあることを知った。へえ、あるんや、こんな言葉。ただし、この他に deeper learning といった言葉もあるから、厳密な定義としてよりも、まあ奇をてらった表現と見なしていいかと思う。

とまれ、パッシブ・ラーニングの項を読んだ(https://en.m.wikipedia.org/wiki/Passive_learning)。

勉強になったよ。自分の解釈も加えると、例えば、
①パッシブ・ラーニングは教授する側によって組織化、構造化された知識を学習する側が獲得するという方法で、近代学校の他、教会やモスク、シナゴーグといった宗教施設でも長く用いられてきた。聖書ほか教科書的なものを扱う上で、この方法は有効。

②この学習方法の前提は、学習者が空の花瓶かスポンジかのように、与えられる知識を吸収できる状態にあること。この前提は、社会構成主義の見方からは成り立ち得ないことだが、外国語など当人にとって社会になりえていない領域の学習については、有効な方法ともいえる。

③この学習方法は、大量の知識や内容を効果的に伝達できることにあり、くわえてまだ活字化、定式化されていない新しい内容を扱う場合にも口頭で伝えられる点で優れている。もっとも、教授側がその提示や話しぶりにおいて十全でなければならない。

④この場合、学習者には振り返りやメタ認知ではなく、既存の知識や内容の反復と定着が重視されるので、アクティブ・ラーニングを経験した生徒や教授者は、教材に集中している姿に対して、積極的な参加をしていないことに「学んでいるのだろうか」と疑問を持つかもしれないことが欠点でもある。

これらを言い換えれば、次のようになる。
ア、パッシブ・ラーニングは、学習の初期に効果的であるが、学習内容は明確に構造化されていなければならない。

イ、パッシブ・ラーニングは、アクティブ・ラーニングのいわば下ごしらえや補強を担うもので、およそ不要な活動ではない。アクティブであるためにパッシブな準備が必要でもある。

ウ、パッシブ・ラーニングでは、教授者が話上手でなければならない。穿って見れば、話が下手だから、つまりたくさんの学習者にしっかり聴かせることができないから、アクティブ・ラーニングと唱えている向きもあるかもしれない。

エ、アクティブ・ラーニングでの各学習者による活動重視は、黙って聴くこと、一斉の反復といったものを軽視する可能性があり、たとえば身体的習得、鍛錬などと葛藤する。

パッシブ・ラーニングというよりも、被教育(educated)と言うべきではないかと考えるけれど、この面を見据えつつ、アクティブ・ラーニングを捉える、より慎重で思慮深い姿勢が論者の学力として問われると思う。
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by walk41 | 2016-08-07 08:40 | ことばのこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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