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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

問題は、叱るか否かではない

朝日新聞の投書欄の下の方に、読者からの投書に対する投書がときどき紹介される。9月下旬に載ったテーマは、「私たちを叱ってほしい」という中学生からの投書に対するものだった。

①叱るより考えさせる、②叱っているように見えていなくても本気で叱っている、あるいは、③生徒同士で注意し合ってはどうか、はたまた、④叱ることのできない教師は失格、さらには、⑤研究者という人物からの、叱られる経験が大切と、バランスを考えているとはいえ、③を除くと、まあお粗末なものと私は読んだ。

何故そう思うか、それは、いずれの立場も、教師が叱ればその意味を持つ行為になると疑っていないからである。こうした姿勢や能力が、いかにものを考えずに教師が仕事をしているかを示す点で、嘆くべきだと思うからだ。

教師が生徒に向かって叱るという行為を起こす。もちろん教師にとっては叱っていることになる。けれど、対する生徒にとってはどうだろうか。自分たちが納得できないことで何か怒っている、家庭でのストレスを自分たちに発散しているだけ、と思われない保証はない。さらに最初の投書の主は、授業中に叱るべきと書いている。授業に集中していた生徒は、教師の叱るという行為をどのように受け止めるだろうか.自分は関係ないのに嫌な雰囲気の場にいさせられる、授業が進まず困る、といった気持ちが起こるのではないだろうか。叱られる生徒も、その内容よりも恥ずかしい思いをさせられたという怒りだけ残るのではないだろうか。叱られるべき生徒にも、その他の生徒にも、叱るという行為が教師の思惑どおりに伝わらないリスクがけっこう伴う。さらには、生徒によって叱れる、叱れないの違いをつけることはないだろうか。えこひいきだと言われるリスクも考慮されているだろうか。

こうした、ある行為の妥当性、さらには効果や効率を度外視して、「叱るべきときは叱らなければならない」と、まま行為は行われる。そこに計画性も評価指標もない。その場で、叱るべき状況だと認識して、叱るという行為を選択する、それがたとえ非合理的(叱ることで期待できる効果が見込めるわけではない、叱るという資源の投入と授業が静まるという得られる利益とのバランスはわからない)であっても行われる点で、教育実践というものは瞬間に大きなことを決めなければならない博打のようでもある。そこにPDCAサイクルなど、ありようもない。

だから、ある教師がなぜ叱るべき状況だと認識するのか、次にいま叱ろうと判断するのか、そして実際に叱るという行動を取るのか、を分析することが重要なのに、そうした面倒くさいことを飛ばして、「まず実践だ」「考えているだけでは机上の空論だ」といった乱暴な発想が幅を利かす。知的退廃である。

投書に戻ろう。議論すべきはもっとメタ的なこと、たとえば、①生徒がうるさいのは、教師の力量が低いからではないか。②静かに聴かなければいけない授業とはアクティブ・ラーニングに適っていないのではないか、③教師は叱っているつもりが、生徒にはどのように届いているか、④ある状況に対して叱るという選択をする教師の価値観やその閾値とはどのようなものか、を考察し、議論することである。

「叱る教師でなければならない」といった、元気の過ぎる一部の教師を煽るような語りは、「よりよい」教育-学習関係上、邪魔に他ならない。生産的な議論とは、事実に対する自身の信念の発露ではなく、それはどんな問題かを拡げ、深める、事実の分解と再構成に向けた姿勢と能力によって進められる、と心すべきだろう。
by walk41 | 2016-10-07 12:06 | コミュニケーション | Comments(0)
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