学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

調べようとしても、また調べたとしても仕方がないのでは

学会にて研究発表とその後の議論を聴く。

今より若い時は、教育政策について研究したいと、何も知らずに思ったこともあるけれど、歴史的に接近するか、あるいはごく表層的な国際比較ならばともかくも、現在の日本の教育政策が、なぜこのようであるのか、それは何に由来し、またこれからどうなるのか、を明らかにしようとすることは、ほとんど意義のないことではないか、と今や強く思う。

こうしたテーマの議論でまま見られるのは、「私もその委員の一人だったんですが」とか「(キーマンと目される人とは)個人的にも知り合いで」といった、より確かでより新しいと思われるニュースソースへの接近ぶりを根拠に、政策や答申の基調を解釈しようとすることだ。身近にそうした知り合いがいるのは結構だけれど、これって魚の研究をしている人が、「以前から懇意にしている魚がいるんだけれど、その君によれば」とか「私も魚の群に混じったことがあるけれど、そのときの実感としては」という話をしていることと同じである。そんなん、どれほどのもんか、わからへんやん。。

そんなお喋りの中で、政策意図を探ろうとしたり、ある方向性を解釈しようとすることは、はたして研究だろうか。また、仮に推測したとおりだったとして、それは再び似たようなことが現れるのだろうか。たまたまその政治家だったから、行政官だったからではないだろうか。政権が変わったり、担当大臣や役人が変わったらどうなるかわからないという余地が大きいのではないだろうか。

かくも漠然としたことを、議事録の読み込みや当事者へのインタビュー調査をとがんばっても、どれほど明らかになることがあるのか、そしてその知見の意義は何なのか。学会ジャーナルに目を通しても、なかなか頭に内容が入ってこなくなったほどに、まずは自分の不勉強がたたっているとも思うけれど、公教育の政策や行政に関する研究の対象と方法、知見の論理化に、あんまり展望がないんとちゃうかなあ、って思わされている。
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by walk41 | 2016-10-08 15:26 | 研究のこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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