学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

道徳力が高いってどういうこと?

2014年の「全国学力・学習状況調査」を用いて、当時6年生の回答結果から、秋田県ほか日本海側の県は道徳力が高く、東日本大震災の被災地や大都市部は低いと主張する論考を読んだ。http://president.jp/articles/-/20705

数値的な結果はそうなのだろう。けれど、論者は道徳力に関する考察を看過していないだろうか。分析では、5つの項目を取り上げているが、その中に、「学校の決まりを守っているか」、「いじめは、どんな理由があってもいけないと思うか」という質問が入っている。

素朴には、これらに肯定的なことが望ましいのだろう。けれど、大地震のあと、学校の裏山に一度は逃げた児童が、「学校の決まり(教員の言うこと)」に従って、校庭に戻った結果、津波に飲み込まれてしまった。こんな経験のある被災地で、学校の決まりを守ると命を危うくしかねない、と学習されてはいないだろうか。ならば、質問に対して肯定的に答えるはずがない。

あるいは、学校に限らず複数の包摂と排除がうごめく大都市部において、つまり、いわゆる田舎より複雑な社会においては、全ての人を「仲間」と見なせないことが頻繁に起こりうる。国籍、居住地、経済的地位、(カミングアウトされた)性的マイノリティなど、包摂しようとしてもそうできないことは多い。

また、葛藤がより生じる分、「白黒をつける」べく、正義も跋扈するから、排除される契機も増える。生活保護を申請しても受給が認められなければ「弱い者いじめ」だが、血税を扱う立場上、やむを得ないこともある。あるいは、貧困は衛生問題にも連なるから、「臭い子」が近くに来るのを嫌がる児童・生徒がいるのは、誠に気の毒だが自然なことかもしれない。

こうした経験や雰囲気を感じている子どもが、これらの項目に肯定的ではなかったからと言って、道徳力が低いと言っていいのだろうか。あるいは、道徳力が低いことはどんな問題なのだろうか。

数値をいじれば、何がしかの結果は導けるかもしれない。それはそれでいいのだけれど、同時にそれは何を意味するのか、なぜそれが問題なのかについても、面倒くさがらずに考える、悩むための思考体力が大切だと繰り返し思う。

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by walk41 | 2016-12-01 18:11 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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