学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

学校での「人間らしい働き方」とは

2000年の前半の頃は、迷いながらも似たようなことを話していたので、私も「戦犯」の一人だけれど、今や「計画を立てる、これに即して実行する、その結果を照らし合わせながら次に臨む」という、PDCA論、目標管理といったお喋りが、いかに各学校のリアリティと噛み合っていないかを、より強く感じる。

たとえば、学校の年間計画に即して宿泊行事を行う。それは予定どおりに終わったとしても、その後、はしゃぎ過ぎたせいか生徒が発熱して、数日間、学校を休むことになるのは日常茶飯事だ。その結果、クラスに新しい雰囲気が生まれるかもしれない。ある生徒の様子が他の生徒に影響する。これは、計画段階でどのように想定されえただろうか。

あるいは、定期試験を気にしすぎた生徒が、試験当日に学校を休む。これをきっかけに本人は教室に向かい辛くなるかもしれない。だからといって、この生徒の学力向上にとって定期試験は不適切だったと総括すべきだろうか。

このようなエピソードに学校は溢れており、Plan、せいぜいのところ、それに沿ったDoにはたどり着いても、それがどんな結果を招来するかを当初から読めるものではとてもない。児童・生徒は文字通り生き物であり、自身を含む環境に対してときに順機能的に、あるいは逆機能的に影響、はたまた無関係にあるものだからだ。

だから、各学校という最前線では、目標に向かって臨む事項と、それとは直接には関係しない、想定外の事態に対応を余儀なくされる事項に二分されつつ、業務が求められることになる。これが、教育業務の無限定性の由来であり、「人間らしい働き方(decent work)」ではないと指摘、批判されても、開き直りで申し訳ないけれど、業務量をあらかじめ想定できないから、仕方ないことでもある。

だから、人間らしい働き方であることはまったく望ましいことだけれど、これを実現するためには、「生徒のために骨身を惜しまない」雰囲気の一掃と、想定外を排除する思考の尊重、つまり、計画的な業務遂行が必要になる。たとえば、怠学傾向にある生徒の転校を促す、予想外に盛り上がった授業を批判する、教職員間の相談は時間を決めてその範囲内で行う、といったことだ。こうしてこそ勤務時間は守られ、「ワーク・ライフ・バランス」も保たれる。

けれど、そのように実際上はできない、また仮にできたとしてもそのようにしたがらない心性や文化が学校に宿っているから、まずそのようにはならない。かくして、無制限の労働が続き、PDCAサイクルも回らない。良くも悪くもである。

以上のように私は考えるけれど、はたして説明的、説得的だろうか。みなさんの批判を待ちたい。







[PR]
by walk41 | 2017-01-11 21:51 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
<< 「見えないこと」と「ないこと」 やり方を知ることも大事だなあ >>



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
挙手の際の指
at 2017-09-25 09:35
やっぱり美味しいBretzel
at 2017-09-25 08:31
学習環境を整える
at 2017-09-24 17:13
やっぱり美味しいBretzel
at 2017-09-24 17:03
強烈な皮肉
at 2017-09-20 12:26
全体主義を支えるもの
at 2017-09-20 06:01
全校集会
at 2017-09-19 06:32
誠実さ(2)
at 2017-09-16 13:09
誠実さ
at 2017-09-15 20:05
自分の仕事を大切にする
at 2017-09-14 08:17
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧