学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

コストとそのパフォーマンス

いじめに関する講演を聴いて、驚かされた。

たとえばこんな話、授業中、正解のある問題に取り組んでいた子どもたちのうち、先にできたある子どもが、あと少しで正答に辿り着きそうな隣の子に、求められてもいないのに「答えはこうなんやで」と言った結果、それまで頑張ったことが報われなったその子は、泣き出してしまった-これは「いじめ」に該当するのだという。もっとも、これだけでは「重大な事態」ではないけれど。

そうなのかあ、である。類推すれば、学校からの帰り道、ある子のカバンを、本人が頼んでいないのに「ええで、オレが持ったるわ」とカバンを持った結果、カバンの主が泣き出した、という場合も「いじめ」になるだろう。「オレのカバンを持てよな」と言っても、あるいはカバンを持たせなくても「いじめ」というのは、現象面では反対にすら見えることも、詰まるところ当人が嫌と思っているか、傷ついたと感じているかどうかが重要ということがわかる。

こうした「いじめ」問題に留まらず、できるだけ本人の状況や受け止めに応じて、対応を配慮するというのがいわゆる世界的トレンドであり、日本も国連などで署名しているのならば、この配慮が可能な仕組みを用意する必要がある。たとえば、1クラスあたりの子どもの数、ドイツの学校で30人を越えるクラスを見つけることはまず不可能だが、日本の小中学校ならばまだ普通のことといっていいだろう。

学校基本調査によれば、全国の学級のうち、31人を越えるのは小学校で49.3%、中学校では実に80.1%(2012年度)に達する。「先進国」並の水準を望むならば、1クラスを20人台にするというくらいの教員定数の設定は不可欠だろう。

この点で不思議なのは、ドイツの学校をいくつか見る限り、教員に対する子ども数が10数人、多くても24人くらいまでなのに、統計的には、子ども一人当たりの教育費は日本とドイツに大きな違いを見出せないことである。ドイツに大規模な学校が多ければ、納得できなくもないが、事実はおそらく反対で、自治体が日本のそれと比べてはるかに小規模なことから、学校規模も相当に小さい場合が多いと想定されることだ。

では、なぜドイツは、クラスあたりの人数が少なく、学校の規模も小さいのに、コストは抑えられているのか。教育行財政の勉強から久しく遠ざかっているが、これに取り組んでみてもいいかもしれない。
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by walk41 | 2017-03-04 19:51 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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