学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

「親孝行などの徳目は大事だ」

「教育勅語を教材として用いることまでは否定されない」という現内閣の決定について議論があるが、この通りの文言であるならば賛成する。教材なのだから、材料として内容を切り刻み、つまり分析して、そこから何を学べるかを考える糧にすればよいと思う。

この点、朝日新聞の社説「過去の遺物が教材か」(20170402)は中途半端である。現内閣の決定について疑義を唱える一方、「親孝行などの徳目は大事だ」とも述べる。そやからあかんねんあんたは。何が大事とされるかされないか、それは地域や時代によって違うこと、そしていかに違うかまで分析してはじめて教材なんやから、あたかも始めから正しいことがあるかのように述べること自体が間違ってる、ということがわかってへんような文面があかんねん。ほんまに情けない。

保護者による虐待が大きく取り上げられる昨今、なぜ親孝行が大事と言えるのか。また、親とは血の繋がった人だけのことなのか、育ての親、自分の誕生時に取り上げてくれた親、近所の親、はたまたは広く社会の親というのはありうるのか。あるいは、孝行とは何をすることか、財産の「生前贈与」などが制度化されている今の日本は、親孝行と逆行するのか否か、と考える材料を提供することができるのに、無前提に「親孝行(と分類される細目)は大事」と宣う。そんなことを言うてるから、教育勅語は素晴らしいと時代錯誤を述べる輩に回収されるんやって。

繰り返して言おう。教育勅語に限らず、「十七条の憲法」でも「マグナカルタ」でも「共産党宣言」でも、何でも教材にしたらよろしい。それぞれがどのような地理的・時代的な背景で登場したのかを分析する作業はすぐれて重要でかつ難しい。研究者の大半はこれらの再解釈に費やしているほどなのだから。ミニサイズで言えば「学習指導要領の経緯」を説明することも同じである。

どんな文書でも聖典扱いすることでドグマ化する。思考停止に追いやり、人間を無力化する。だから今なら、生前退位が議論されている天皇に関わる皇室典範も、大いに教材化すればいいと思う。天皇を辞めたいと言っている人の人権がいかに無視される仕掛けになっているのか、どうすれば天皇という制度をなくすことができるのか、なぜ続けたいと思う人がいるのか、とあれこれ考える機会になるだろう。
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by walk41 | 2017-04-02 22:36 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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