学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

nation

学部生への授業で、「国民教育の歴史を乱暴に述べれば」と授業者は話したのに、なぜか「乱暴な国民教育」と聞いた「元気な学生」が、感想文の行で、ナショナリズムという言葉を記していたので、いま一度、確認しておきたい。

ナショナリズムはナショナルな考え方を重視するものだが、このnationはフランス語のnatus「生まれた」を語源にする。「生まれたことをきっかけに自然に結びついている人々」と理解すればよい。今でこそ、これは国家と同義的に考えられがちだが、範疇が即、国家に限られるわけではない。

nationとは、家族や親族、村落共同体は狭いかもしれないが、市町村や都道府県が単位であってもかまわない。故郷(くに)は多くの場合、近江国、薩摩国と生まれ育った地域を指しており、「お国はどちらですか」と尋ねられて「日本です」と返すのは、知識が足りないか、ちょっとした冗談の類である。あるいは、「全国地図」とあるけれど、これは決して世界地図を意味するわけではないことは小学生でも知っているだろう。はたまた、国盗り物語も、外国との戦争を描いたものではない。国とあれば国家だと捉えるのは、シンプルに過ぎるだろう。

また、おそらくは多くの国家の場合、その中に、複数の小さな国家を抱えた、いわば同心円的な構造を取っている。日本ならば、日本国-都道府県-市町村、であり、ドイツならば、Bund-Land-Gemeinde、である。言わずもがな、すべてを国が扱うわけではなく、都道府県や市町村の所轄事項も少なくない。さらには、市町村ではあっても、政令指定都市や中核都市ならではの業務もある。

また、ドイツの場合は連邦国家だから、人々の日常感覚としての国は州(Land)であり、各州の法律にもStaat(国家)は州のことを指すと示されている。教育行政について言えば、16の州それぞれにいわゆる文部省があるし、それらの調整役としての常設文部大臣会議(KMK)は1948年に創設、70年近く前から、州ごとに公教育が異なることを前提に「ドイツの教育」を行っているのである。

こうした「わかったようなつもり」の言葉についてこそ、慎重に丁寧に考え扱うべきことを学ぶのが大学生だろうに、「本来のナショナリズム」などと記して、権威主義に乗じるかのような知的貧困な様子を残念に思う。

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by walk41 | 2017-10-17 12:45 | ことばのこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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