学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

カテゴリ:映画・ドラマ( 7 )

Platoon

1986年アメリカ、「7月4日に生まれて」と同じ、オリバー・ストーン監督による作品。

1960年代後半、カンボジアとの国境に近いベトナムに派兵された若い男たちが、動機はともかくも、戦闘に参加することになった。そこで繰り広げられるのは、「敵」との戦いだけではない。小隊(プラツーン)の中でもいざこざは絶えず、それは民間人射殺をめぐってピークに達し、アメリカ軍同士でありながら、殺す-殺される関係にまで至る。武器を与えられると人はより凶暴になり、入隊以前の面影を感じることも難しくなるようだ。

最終場面では、激しい戦闘のあと、負傷した主人公クリスは、敵対していた同じ部隊の先輩兵を撃ち殺し、ヘリコプターで後方に送られるところで映画は終わる。何のための戦いの犠牲なのか、戦争を通して浮き上がってくる人間の醜さとはここまで酷いものか。あるいは、社会的に低位な人ほど、戦争に直接に参加しているという台詞をどう聴くか。戦闘シーンの激しさと同時に、容赦ない殺戮(相手を殺すことに躊躇しない)の模様に打ちのめされてなお、感じ、考えさせられる。

こんな作品を見るに、ドイツのクラウゼヴィッツが『戦争論』(1832年)において、「戦争は政治(外交)の延長である」と述べたとされるけれど、20世紀の戦争については、当てはまらない。少なくとも、政治(外交)のように、それなりの見通しや落としどころ(講和)を伴っておらず、非理性的な恨みつらみ、怨念、執念、意地、プライドといったものが支配的だと知ることができる。

第二次世界大戦にて、アメリカ兵の発砲率があまりに低く、それを改めるために、射撃訓練のスタイルが変えられたとも聞く。人間が人間を殺すということが、本能的に難しそうだという見立てのもと、どのような戦争ならばありうるのかを考えるべき、とも思う。

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by walk41 | 2017-08-16 23:25 | 映画・ドラマ | Comments(0)

7月4日に生まれて

ロン・コヴィック氏の実話に基づく作品、トム・クルーズが主演した、1989年のアメリカ映画である。

「正義のための戦争」などないこと、戦争は戦闘から離れれば終わるものではおよそなく、本人と家族ほか周りの人々の生涯に及ぶ影響を与えることを、改めて伝える作品と観た。

観終わってから家人と話したのだが、太平洋戦争末期の日本軍が取った、一連の特別攻撃(特攻)という作戦、すなわち、神風、回天、震洋、桜花といった、飛行機、魚雷、ボートなどによる体当たり作戦は、帰還をつもりする必要がない点で、「きれいな戦争」に一役買うことになっていたねと。なぜって、負傷した兵士を救出し、治療して、できれば故郷に帰すという手間を省くことができたからだ。

帰還してPTSDによる社会問題も起きず、障害者手当を支給する必要もない(遺族年金は払わなければならないけれど)。さらには、反戦論者になる懸念も要らない。もちろん、家族や友人、知人の悲しみは避けられないけれど、生前の美しい姿が脳裏に残されるのに留まる面もある。四肢を失い、アルコールやドラッグに溺れる様子を多くの人に見せるより、戦争遂行者にとって好都合だったとは、言い過ぎだろうか。

とまれ、いま、アメリカと北朝鮮との緊迫した様子が伝えられているけれど、どんな方法であっても、武力行使がなされないことを願うばかりである。

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by walk41 | 2017-08-14 22:54 | 映画・ドラマ | Comments(0)

Robin Williams氏を悼む

俳優のRobin Williams氏が亡くなったと報じられた。とても残念に思う。

彼の出演した映画を何本か見たが、中でも、「いまを生きる (Dead Poets Society)」(1989)、「パッチ・アダムス (Patch Adams)(1998)、は印象に深い。

前者はエリート男子校の教員に赴任した彼が、後輩でもある生徒たちに、学校批判を通じて世の中に目を向けさせる物語であり、後者は、実在の人物もいるが、精神的疾患に罹った自身が笑いを通じて人が癒やされる素晴らしさに気づき、笑いを取り入れた医学を志す物語である。いずれも、常識に囚われない革新的な人間を演じており、大きな勇気をもらったことを覚えている。

その彼が病んでいたとも報じられているが、自身で命を絶ってしまったことが残念で仕方がない。長い人生には、健康なときもそうでない時もあるけれど、映画を通じて届けてくれたメッセージのように生きてほしかったとも思う。

彼に励まされた一人として黙祷を捧げる。お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
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by walk41 | 2014-08-14 13:17 | 映画・ドラマ | Comments(0)

ドキュメンタリーって難しい?

「世界の果ての通学路」を観た。地面を掘って汲みとった水の入ったポリバケツを持ち、象を避けて学校に向かうケニアのきょうだい、山道を歩き、トラックをヒッチハイクして向かうモロッコの女の子たち、馬に乗り、学校を目指すきょうだい、そして下半身不随のきょうだいの乗る車いすを押しながら引きながら進む男の子たち、と日本ではおよそ考えられない「通学路」(といってよいのかどうかすらわからないが)、を辿る作品だった。

この映像がどのように撮影されたのか知るよしがないが、象に追いかけられ、転びながらも走り続けるきょうだいのシーン、道中、大型車がタイヤ交換のために道を塞いでいたところおじさんたちが車いすを運ぶシーンなど、確かにこんなこともあるのだろうなと得心はさせられるけれど、「自然に」撮ることができたのだろうか、と少し疑問にも思う。

実際に、車が道を塞いでいたとして、男たちが車いすを運ぶ段になった時、撮影スタッフはどのようにカメラを彼らに向けたのだろうか。もし、「こちら側を歩いて」とか「こんな感じで運んで」などと指示や依頼していたならば、すでに問題だろうが、そこまでには至らずとも、カメラ目線へと意識させるような振る舞い、雰囲気はなかったのだろうか。

「おおよそこのくらい」であることに疑問はないけれど、「本当の姿」をつかまえることの難しさはことほどさようだと思う。だから、人間と人間が作り出す社会を厳密に捉えることはできず、極めることができないという前提に立って、どんな眼差し、論理、そして行為を問うかが議論されるべきなのだろう。

こんなにも過酷な中、学校に通い、夢を実現させたいと励む子どもたちに幸い多きことを願うと同時に、事実の切り取り方、つかまえ方について、いっそう考えるべきことと思わされた。
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by walk41 | 2014-04-24 08:57 | 映画・ドラマ | Comments(0)

考え続けることこそ

「ハンナ・アーレント」(2012)を観た。

のちに「アイヒマン実験」(ミルグラム実験:閉鎖的な環境では、人はいとも簡単に権威者の命令に従ってしまうことを証明)とも称される、ナチスのアイヒマンに対するイスラエルでの裁判を傍聴したアーレント。アイヒマンは怪物にあらず、彼は職務に忠実に従っただけであり、その「凡庸な悪」と「根源的な悪」とは違うと主張した。その結果、彼女自身ユダヤ人であり、強制収容所の経験を持つにもかかわらず、脅迫を含む凄まじい抗議を受けることになる。

その彼女が大学の教壇で語る。「ソクラテスやプラトン以来、私たちは”思考”をこう考えました。自分自身との静かな対話だと。人間であることを放棄したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。… ”思考の嵐”がもたらすのは知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。…」

彼女の主張には賛否あるだろうが、考えるとは、突きつけられる課題に向き合うこと、そして悩むことで、人間としての質、つまり尊厳を保ちうること-このことには、いずれも同意できるのではないだろうか。人間としての能力は、何かができるという点で測られるのではない、何かを考えること、そして考え続けることに見出されるのだ、と。


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by walk41 | 2013-12-11 19:22 | 映画・ドラマ | Comments(0)

タイピスト

しばらく足が遠のいていたけれど、映画館に出かけた。観たのは、1959年のタイプ早打ち世界大会で優勝する、田舎から出てきたヒロインの物語、「タイピスト」(フランス、2012)。

当時の多くの女性が憧れたのが秘書、なかでも人気を博したのが、早く打つことのできるタイピストだったという。1分間に500文字ほど(1秒間に8文字あまり!)が当時の世界最高水準だったとのことで、早く正確に打つ技術を身につけるべく、日々練習を重ねる彼女とそれを応援する彼とのロマンスも交じり、コミカルで後味のまずまず爽やかなエンディングだった。

ストーリーとは別に、当時をよく再現しているだろう様にも驚いた。町並みを映し出したシーンがあるが、その頃のお店、クルマ、人々の服装や振る舞い、こんな感じやったんやろうなあと思わせてくれる。主人公に並ぶ俳優がウルトラ・スモーカーで、いつでもどこでもタバコに火を付けている。当時はこれが当たり前だったのだろう。タイプ競技の会場ですら喫煙者であふれかえり、競技の観客の声援と怒号もあって、まさに混沌とした雰囲気だったことが伝わる。

それにしても、今やほぼなくなっただろうタイピストという仕事、競技大会もいつまであったのだろうか。ひるがえって昨今は、パソコンとスマホで寝る暇も惜しんで、電子の絵と文字、数字を打ち続けている。当時の人々が現在の街を歩き電車に乗れば、ほとんどの人がタイピストになってしまった、とでも思うだろうか。

学校教育の世界ではキャリア教育が重要とも叫ばれているが、そこで獲得すべきは「基盤能力」や「汎用的能力」と言われようとも、時代ならではの彩り、偏りは否めない。タイピスト全盛の頃、いま言うコミュニケーション能力は二の次、三の次だっただろう。そもそも、今日のように多くの人々と出会うことを前提にしたような能力が、当時は求められていたのかしらん。

半世紀で世の中がすっかり変わってしまうこともあると想像すれば、これから平均寿命がいっそう延びるだろう社会に生きる人々にとってのキャリアとは、どのようなものになるのだろうか。教育が未来への準備や投資だとすれば、その特徴はまだ見えないものに、予想が外れるかもしれないことに「賭ける」ことだ。

そんなものをいかに計画-実施-評価するのか、という突っ込みは繰り返しするところだけれど、これと同時に、「計画を立ててその目標実現に向けて頑張る、という発想そのものが20世紀の近代社会ならではのものだった」と回顧される日も来るかもしれない、と考えるのもまた一興ではないだろうか。
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by walk41 | 2013-08-18 11:09 | 映画・ドラマ | Comments(0)

評価はいろいろ

ケン・ローチ監督によるヒューマン・コメディー『天使の分け前』を観に行った。誘われるあらすじ案内だったので。

これから観ようという人には申し訳ないけれど、私の感想は「なんだ、こりゃ」。ウイスキーにひとかたならぬ情熱を傾ける社会福祉担当のハリーはなかなかの演技だったと思うが、主役のビリーを始め、登場人物のパーソナリティがさっぱり伝わってこないし、「なんで、そうなるの」のようなシーンの連続。言動の後ろに生育歴や家族、地域なんかが見え隠れしないと、さっぱり付いていけない。なにしろ脚本がいい加減で、まったく整合的でない、無理がありすぎ。

二十歳そこそこの、暴行、ドラッグをやっていたビリーが、初めて飲んだウイスキーにも、不味いと話していたのに、なぜかハリーに連れられていったセミナーで微妙な味を見分け、ウイスキーのバイヤーで自身も詳しいタデウスに認められるなんて、あり得ない。一瞬、転がり込んだ友だちの家の片隅で本を広げ、ノートを取るシーンがあるが、そんなにわか勉強で、ウイスキーの味が見分けられるんかい。

聖杯とも言われるウイスキーを、醸造所に忍び込んで盗み出す段に至っては、100万ポンドの値がつくかも知れないシロモノを、醸造所が誰でも出入りできるようなところに置いておくはずもないし、それを夜中に開けて(しかも、木槌を振り下ろすというしっかりと通常の方法である。なんで警報がならんのや)、長く伸ばしたチューブで自分たちが飲み干したジュース瓶に注ぎ詰めるなんて、物理的に無理やろ。ジュースが入ってた瓶のあとなんて、ウイスキーの味が変わらんのか。ほとんど思いつきとちゃう、と言いたくなるような展開。

最後、1本をタデウス相手に10万ポンドで売りさばき、4人で山分け。ビリーはなんと醸造所での職も得て、妻と子どもを連れて去って行く。残る3人も「さあ飲みに行こう」。まさかこのまま終わりではと気づいた時にはすでに遅し、そうこうするうちにエンディング・ロールが出てきたぞ。更正する物語やったら、これからやろうが。

映像がきれいだったのは唯一の救いか。脚本家が「どんな話にまとめようかな」と悶々としている最中の原稿を持ち出して、映像にしたような作品だった。今年観る最低の1本となることを願うばかりだ。

ところが、映画を観た人のレビューを読むと、「爽快なラストで何度でも観たくなる作品!」とか「心あたたまる名作」はたまた「人生の出会いに乾杯」というコメントがあって、目が点になった。もちろん、「マイナス100点」と怒りモードですらあるコメントも挙がってはいるけれど。同じものを観ても、かくも評価が分かれるなんて。不思議や、ホンマに。私はいたく脱力したぞ。

ちなみに、映画という具体的に存在するもの、何度でも観ることのできるものに対してですら、私たちはかくも幅広く解釈するのに、形として捉えられない、瞬時に変化するものに溢れている授業や教室、そして学校を客観的に捉えて、評価を進めるなんて、どう考えたらそんなことを思いつくのかしらん。
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by walk41 | 2013-05-23 19:39 | 映画・ドラマ | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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