学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

カテゴリ:大学のこと( 9 )

いつも崖っぷち

長崎県立大は1日、男性教授4人を、懲戒処分にしたと発表した。このうち3人は、同大大学院人間健康科学研究科の50~60歳代の教授。昨年度後期の選択授業について、本来この3人で計8回行う授業をせず、受講した全学生5人に単位を与えたという。学生らの知人から教務課へ相談があり、わかった。その後改めて授業を行い、単位を認定したという。この授業の責任者の教授を停職1か月、ほかの2人は訓告とした(読売新聞、20170902)

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8コマとは、オムニバスの1単位の授業だったのだろうか。変な感想だが、3人の教員がうまく意気投合したものだと思う。勘ぐれば、それだけ手馴れていたということか。


ずいぶん前の拙ブログに書いたことではあるが、文字通り一回も授業のなかった、大学院の授業のことを改めて思い出した。


1985年度前期、大阪大学大学院人間科学研究科でのことだ。履修申告をして、授業がいつからあるのかを担当教員の助教授に聞きに行ったとき(今考えればまったく不思議な話で、授業期間に従って授業は行われるはずだから、尋ねにいく必要などなかったのに、当時の「常識」では、いつから授業が始まるのかを、学生が確かめなければ行われない可能性がある、と思っていたのだろう。過日の朝日新聞にも、京都大学物語として、休講通知ではなく「開講通知」が出たという回想が記されている。)彼は大学院生にこう言ったのだ。「榊原さんは優秀だから、授業をしなくてもいいでしょう。」


ちょっと考えればわかるだろうものを、あんぽんたんな院生は、「そうか、授業がないのか」と喜んだのだ。実際に、一度も授業が行われることはなかった。もちろん、試験もなしである。そして、後期が始まる直前に、受けとった評価は「優」。さらに馬鹿な院生は「ラッキー」と思ったことだ。「君を相手に授業をするほど、ヒマではないんだ」と正直に言うのではなく、学生をおだてるという狡猾な手を使われたのに、である。ちなみに、この御仁は定年までおり、大阪大学名誉教授になっている。まさにいい加減そのものである。


こうしたエピソードが昔話に留まらず、今なお行われていることに驚かされるが、幸いなのは、学生が賢くなって、事務に問い合わせをするようになっていることだ。大いにやってもらいたい。


今や、当時の助教授の年齢を超えるに至って思う。大学における「専門性」とそれを担保する自律性を保持するためには、最終的にはそれぞれの教員の克己心や誇りに拠っており、それはいつも崖っぷち、危ういものだということである。


屋上屋を重ねれば、制度や仕組みをこうしたら、うまくいく部分もあるだろうけれど、それでもなお、個々に委ねられる部分が残り、それは学長ほか管理職でも触りようのないものであり、これもまた「専門性」ゆえということ。このことを踏まえて、いかに自律的であるかがいっそう問われており、それが伴ってこそ「大学」にふさわしいと知らなければならないと。






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by walk41 | 2017-09-03 21:32 | 大学のこと | Comments(0)

よく頑張りました

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前期の授業もいよいよ終わり。最終レポートの返却をする。

教職の概論に相当する、この大人数の授業において今期、学生は5回の「赤ペン先生」(クラスメイト間でミニワークを交換、赤ペンでコメントする)を経たのち、最終レポートに臨んでいるので、おおむね「美しい」レポートに仕上がった。改行(段落構成)、接続詞、データの提示、論旨、具体と抽象の往還、適切な助詞、微妙な言い回し、といったレポートの基本が身につくようにと進めてきたものだ。学生も大いに頑張り、履修申請をした学生の91%がここまでたどり着いた。お疲れさま。

このレポートに対して、他の学生が紙上対話をする。40分間は優にかけて記されたものを集め、今度は授業者が同じく赤ペンでコメントを加える。ひとりあたり4~6行くらい。実は以前は2~3行くらいと少なかったのだが、「すこぶる残念な大学教員」のエピソードに接するに、少しでも反面教師にしたいと思った結果である。自分も少しは成長したかしら。

最終レポートには、5回分のミニワークも学生のコメント付きで添付されている。すぐに捨てられることはないだろう。これからの学修の反省や励みとなりますように。


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by walk41 | 2017-08-01 08:29 | 大学のこと | Comments(0)

大学教員の驚くべき傲慢さ

学生を転倒させ、指導する男子学生に暴行してけがを負わせたなどとして、広島大学は、50代の男性教授を休職6カ月の懲戒処分にしたと発表した。大学によると教授は3月、学生と口論になった際、足を払って転倒させ、全治3週間のけがを負わせたうえ、顔につばをはきかけた。学生は救急車で病院に搬送され、警察に被害届を出していた。

 この学生には昨年11-12月にも、複数回にわたって「クビにするぞ」としかりつけてプレッシャーを与えるなどし、学生は1週間、大学を欠席。また、ほかの研究室の指導学生に対しても「バカ」「研究室から出ていけ」などの発言を繰り返したという。 教授は「自分の要求するレベルに学生が届かず、感情的になってしまった」と説明しているという。学長は「教員としてあるまじき行為で誠に遺憾。深くおわびする」とするコメントを出した。(毎日新聞、20170728、一部改変)‥‥‥

ときどき、いやそれ以上の頻度で、大学でもバランスが必要ということを忘れている場合がある。たとえば大学教員、自分も含め大学とは学問やそれに関わる業務に携わる者が集う場として、裁量(自由)と責任が認められていることを踏まえて働いているだろうか。この両者のバランスが保たれてこそ、「学問の自由」の意味があるけれど。

ここで、責任を伴わない自由(したい放題が優位すると困ることになる。予定された授業の回数をこなさない、シラバスと実際とがあまりに違っている、講義と銘打ちながら学生にお任せの放ったらかし授業、さらには教員の気分感情に過度に左右された授業なら、学生に対する責任、ひいては納税者に対する責任を果たしているとは言えない。

屋上屋を重ねよう。学生に強く要求することはあってもいい。けれど、これに対比しうる教員足りえているかも繰り返し問うべきだろう。いい加減な授業をした上に、「(代替日に充てられている)土曜日なんて、やらない、やらない」と嘯く、毎回のように遅れて始まる授業、こうしたことを批判した学生がいたにもかかわらず当人は管理職となり、あたかも自身がちゃんと授業をしていたかのような顔をしつつ、そのまま済んでいるような大学、こんな体たらくで権限と責任のバランスが取れていると胸を張れるだろうか。


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by walk41 | 2017-07-29 07:31 | 大学のこと | Comments(0)

「教え子を戦場に送るな」

このフレーズを聞いて、昔を思い出される方がきっといるだろう。そう、これは日本教職員組合(日教組)が、戦争の推進役を担った学校教育に対する反省として、長らくスローガンにしてきたものだ。戦争に加担するような教育はしないぞという、教育の力が素朴に信じられていた時代の遺跡でもある。

この言い回しをふと思い出したのは、教員養成を担う大学にいて、学校という「戦場」に学生を送る面があると感じたからだ。

授業に意欲を見せない子ども、無理難題を寄せる保護者、話の通じない同僚あるいは管理職もありうる世界に、「子どもの輝く瞳と出会おう」「素晴らしい仲間と一緒に尊い仕事をしよう」と美辞麗句とともに、学生を送ろうとしている、これではまさに「教え子を戦場に送るな」と声が上がっても当然の状況ではないか。

目の前の学生が「未来の教師」となるべく、彼ら/彼女らに関わっている自身の立ち位置を振り返るに、こうも思う。学校が戦場でなくなることは根本的には不可能だが(なぜなら、教育とは前世代による後世代に対する攻撃でもあるのだから)、容易には「戦死」しないだけの能力を身につけてから、学校に送り出したい。

聞き分けのない子ども、無茶を求める保護者、個性的に過ぎる同僚や管理職も想定できる学校にあって、あるいは教育委員会による後方支援が必ずしも期待できない状況にあって、たくましく生き続ける力を保ち、高められる教員としてあってほしい。そして、もし居続けることがもう無理だと判じたら、戦線を離脱する勇気も持ってほしい。

厚生労働省の統計によれば、大学卒業者のうち、教育・学習支援業に就いた者の約半数は3年以内に離職している。公務員中心の学校教員とは待遇が違う面もあるが、それでも学校教員の中途離職率およそ1%台とは大きく状況が異なっている。「戦場」をより生きやすくする努力も必要だが、難しいことがあるかもしれない。

健康に働き続けられるような職場づくりに、研究の寄与できることは何だろうか。はたまた、そんなものは何もなく、「頑張れ」と煽るだけの「戦犯」なのだろうか。ある教育委員会の人事担当者の話にこうあった。「これからの教員には、理不尽さに耐える力も求めたい」と。こんな表現がさして違和感なく受け止められるのが、学校の一つの現実でもある。

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by walk41 | 2017-07-07 16:43 | 大学のこと | Comments(3)

「内職」テロリズム

大人数の講義にて、4人を単位にグループを組み、毎回の授業レジュメをもとに、発問を通じた授業者と学生、あるいはグループ内の学生を中心とした話し合い、あるいはミニワークのコメント交換といったことをしている。

けれど、そんな忙しい授業の中でも、いわゆる内職をする学生がたまにいる。当該授業の課題が多いためだろうか。そんな学生がいるなあと、グループで話をしている際、教室を回って気づけば、やんわりと指摘するのだが、今回は少し違った。咎められたことを恥じるどころか、申し訳なさそうな顔もせず、言われたことに対する不満を満面に浮かべたのであった(そもそも、非礼なことをしている点で受講資格なしということを、まったく了解していないのだ)。

しかもその後も、ふくれっ面の調子が続くと、ひ弱な授業者は影響を受けるので、話す調子も狂ってくる。そのことにどれくらいの学生が気づいたことだろうか。

アルバイトのおふざけで店が閉店に追い込まれる「バイトテロ」に擬えれば、この場合は「『内職』テロ」である。学生としての振る舞いをまだ学んでいないのに学生然とすると、こういうことが起こりうる。

その学生にもきっと言い分があるのだろう。他の授業でこうしても何も言われないのに、なぜこの授業では注意されなければならないのだ。心外だと。残念ながら、この手はお呼びではない。まだ学ぶ準備が整っていないのだから。

この立論がおかしいという人は、どこからでもいいから、別のことをやりながら、授業で懸命に考えるべき課題にしっかりと臨める、という人を連れて来てほしい。稀に見る秀才ならば、授業に来なくても認めるが、私を含め圧倒的多数は凡人のはずだ。それが地道に悩まずして何が学生だというのか。不貞腐れる暇などないよ。顔を洗って出直しなさい。

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by walk41 | 2017-05-16 15:45 | 大学のこと | Comments(0)

大学は「ノーマル」でよいのか

「大学における教員養成」の議論は、古典的なモデルでなぞらえれば今や、エデュケーショニストの全盛で、アカデミシャンは沈黙するばかりである。つまり、「いい教員」になるための教育というものがあるはずだと観念され、それを伝え、実践できる人間を作り出すこと、これが理論と実践の往還とも称されるに至っている。

これに対して、「教育とはどれほど人間に影響を与えることができるのだろうか」とか「その影響とははたして望ましいものだろうか」といった問いは、最前線で期待される実践に寄与しないばかりか、否定的な意味を持ちうるので、「役に立たない」と見なされがちである。「役に立つこと」がどんな意味を持つかについては、考察されないままだ。

ここで学校教育法を見ると、次のように記されている。
「第九十九条  大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする。
○2  大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものは、専門職大学院とする。」

ここで「深い学識及び卓越した能力」とはどういうことだろうか。自然科学の対象よりも遙かに早く対象が変化する、だから事実を説明する言葉が泡沫のように現れてはすぐに消える、人文・社会科学の対象を研究するとは、「いかに見るか」という狭義の方法論だけでなく「どのように見ているか」というメタ的な認識論を必要とする。ホロコーストや戦争中の人体実験などは、後者を欠いた前者の暴走に他ならず、多くの不幸をもたらすことは明らかだからだ。「卓越した能力」とは、既存のものを越える力という意味だろうから、いまの自身を疑いうる力も持つものと見るべきだ。

公教育の世界でも、たとえば「学力向上はよいこと」「いじめは絶対に許されない」と暴論がまかりとおり、それに沿うべく教員の業務がさらに増大するだけでなく、児童・生徒の「幸せの先取り」「”正義”の抑圧」が起こっている。やり方だけを優先すると、自分たちの行為への懐疑が乏しくなり、思考停止に追いやられる。そして「時代が変わったから」「上から言われるから」とおよそ主体的でない人間像へと矮小化される。こうした方向だけで、「国家百年の計」とも言われる公教育を設計してよいのだろうか。

疑いながら行為する、考えながら歩く、そんな両義的な態度と能力を持ち得てこそ、「いい教員」であり、その育成に寄与しうる大学の立ち位置ではないかと、私は考える。
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by walk41 | 2017-04-11 11:22 | 大学のこと | Comments(0)

実習訪問

中学・高校の教員はもちろん、小学校教員の輩出でも、過半数を占める私立大学における教員の養成、大学にも依るだろうけれど、対応に追われる教員も少なくない。

先日はこんな話を聞いた。附属学校を持たない、あるいは持っていても教育実習生を受け入れていない、はたまたその数に限りがある場合、いわゆる母校実習となる。近辺の学校ならばまだしも、なんと沖縄県の石垣島での教育実習先を訪問したというのだ。ひやあ。

一泊二日ですかと恐々たずねると、なんと日帰りだという。沖縄本島からまだ西に200㎞は離れている石垣島に、関西から一日で往復するとは…。お疲れさまなことしきりである。

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by walk41 | 2017-02-12 13:55 | 大学のこと | Comments(0)

留学希望者のなぜ

時折、メールが入る。私のところで研究生をしたいという留学生の依頼だ。

けっこう逡巡する。というのは、返信をしても、それへの返事が返ってくることはまずないからだ。それでもしばらく考え、なぜ私のところなのか、進路はどのように考えているのかな、と記して送る。一縷の望みというのは大げさだけれど、返事をしないと悪いなあと思うからだ。啖呵を切れば、ひとつの国際貢献でもあるから。

そして結果は案の定、返事なしだ。またもやである。ちょっと疲れる。

だから、こうした人たちにお願いしたい。他の大学にもきっと依頼をしていることだろうから、そちらで決まったのなら連絡をしてほしいし、最低でも、返信を受け取ったら、どーも、とか、お世話になりますとか、返事をしてほしい。こんな調子だと、留学生を受ける気持ちがなくなるから。グローバル化とは世界平和にも繋がらないといけないだろうに、あーあ。



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by walk41 | 2016-12-23 13:43 | 大学のこと | Comments(0)

「トップクラスのゼミ」

「世の中ゼミナール」と題した、大学の宣伝を兼ねた広告を見た(20161113、朝日新聞)。トップクラスのゼミで学ぼうというふれこみだ。

そこでは「結婚相手を選べることは本当に幸せなのか」と題して准教授が述べているが、何ともお粗末である。曰く、かつての見合い結婚では、自分の意思に反した相手と結婚することもあっただろうが、そのシステムが崩壊した現在、自分で相手を見つけなければならない状況に至り、「自由になったことが皮肉にも、結婚相手を探しづらい不自由な状況をつくりだしているのである」と言う。

ここには少なくとも次の事実誤認と論理の不整合が見られる。前者については、職場や親戚などを通じた狭いコミュニティーでのお見合いは確かに激減したかもしれないが、インターネット上の出会い系や、公的な結婚相談所、お見合い会、あるいは私企業によるマッチングシステムはあちこちで見られる。ごく限られた情報が記載された釣書ではなく、コンピュータが処理できる膨大な項目をもとに相手を探す仕掛けは興隆している。あるいは、友人の紹介といった昔ながらの出会いも健在だろう。その手段が直接からLINEに替わり、より広範囲になっている点は違うだろうけれど。

むしろ問題は、選択が多すぎで選べないという点にある。限られた選択肢からでなければ選べないという人間の情報処理に関する特性が反応して、かえって相手を選びづらくなっていると見るべきだろう。

また後者は、「自由-不自由」と「幸せ-不幸せ」を同じ軸かのように扱っていることである。自由が幸せな場合もあれば、不幸せなこともある。自由は責任とセットなので、何をしても構わないよと放たれることは、結果を自分で請け負わなければならないことをも意味するからだ。E.フロム『自由からの逃走』には、このことが歴史的現象として詳述されている。自由を希求することは必ずしも容易ではないことは、大学人ならば知っておくべきだと思うのだけれど。

こんなレベルの文章を新聞広告に載せるとは、「いい根性をしている」のか「天然」なのかわからないけれど、長閑なゼミだろうなと想像する。自戒を込めて、いたずらなお喋りで学生に時間を費やさせてはいないか、振り返りたい。
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by walk41 | 2016-12-16 09:54 | 大学のこと | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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