学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

カテゴリ:研究のこと( 99 )

研究とは新しいことを見つけること


幼稚園の研究発表を聴く機会があった。生き物を幼稚園の中に取り入れて、園児の思考に関わるどのようなことが観察されるか、それは獣医師の研究を裏づけるものか、を確かめようとしたものだ。とても興味深く聴いた。勉強になった。

研究スタイルの点で学んだことは、改めてを含めて、新しいことをしてこそ研究と言うべきだということ、これまでやったことのない試みをして初めて、気づかなかったこと、知らなかったことに出会えるかもしれない、と楽しみが生まれる。

そこには、元気と勇気も必要だ。これまでと違うことをするのだから、面倒だと思うだろうし、従来を否定する場合もあるだろうから、ちょっと滅入るかもしれない。けれど、それを敢えてやりたい、やるべきだという危機感や問題意識が伴えば、新しいことに臨むだろう。つまり、自分や回りをモニターしていなければ、疑いを持つことがなければ、革新しようとは思わない。

また、新たなことをやるとは、相当に限定的なものでなければ、それとはっきりしない。ぼんやりと新しいことはできないから。対象や方法の焦点を定めた、期間やメンバーも限る方がよい。「みんなでやること」を第一義的に考えないことだ。もちろん、何をやろうとしているのか、どんなデータが得られているのかは、みんなに知らせて、意見ももらえばいい。そのことと「みんな一緒に」とは別物だ。何かを明らかにするために適切なメンバー、期間を決めればいいのであって、決してその反対ではない。

けれど、多くの場合は、みんなでやることが第一義的なのだろう。この結果、何を明らかにするかがなおざりにされ、そもそも、研究と叫んでいても何も明らかにしようなどと思ってもいないことが起こる。本末転倒が日常化する。子どもたちに、日々成長しようと檄を飛ばす教員が、自分についてはそうしようとしない。なんとも哀しい話である。
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by walk41 | 2016-02-28 18:01 | 研究のこと | Comments(0)

研究発表会

ある研究発表会で、締めの挨拶をすることがあった。その数日後、一人の教員から「こういう言い方をしたら失礼なんですけれど」と前置きされて、話しかけられたのだ。

何かまずいことを言ったかなと恐々聞くと、「あの話が一日の研究発表会の中で一番良かったです」と言われる。どういうことかと聞いていると、多くの場合、「皆様の忌憚ない意見を伺えて良かった」などと心にもないことを言うか、それとも、上から目線で偉そうに言うか、いずれかだが、私の話はそれらと違い、「ここで提案したことを皆さんの学校でも試みて下さい。そして、それぞれの学校でやってみた結果を、こちらにも教えてください。」と話したからだと言われたのだ。

間違っても参観者にヨイショしたわけではないし、奇をてらったわけでもない。授業を見たからといって、法則的なことが学べるわけではないし、もとより、そのクラスだからこそできることが大半なのだから、直接に使えることがあるはずもない。常日頃、そのように思っているから、先のような話になったのだけれど。

みんな、無理してるんかな。再現性のないシロモノを相手にしているのに、わかったようなことを言わなあかん、って思ってしまうのは。だから、結果的に嘘つきになる。学ぶことはおおよそ主観の違いに起因するのだから、どのように見ているのかを相対化することで、多様な解釈を促すように議論を進めること、これこそが研究発表会でも大事な態度やと思うんやけれど。
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by walk41 | 2016-02-24 20:46 | 研究のこと | Comments(0)

嬉しかったこと

ご縁を得て招かれ、北海道に来た。

担当の方とお会いして話をしていると、数年前に私が担当した研修に参加されていたことを知る。だから、呼んでくださったのかあ。

嬉しかったのは、私のことを覚えて下さっていたからだけではない。「先生が研修で話されたことを、システム手帳に書き留めていて、今もときどき読み返しているんです」と聞いたからだ。そんなそんな。

どんな話をしたのか、研修講師だった当人にはもう定かでないけれど、この方には何か残ったようでとても嬉しい。研修の効果というほどのものではないけれど、何年か経って、ひょんな機会にこんな話を聞けるなんて、何て幸せなことかと思う。
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by walk41 | 2016-01-27 16:48 | 研究のこと | Comments(0)

新たな問いへと開く

年に3回集まっては、勉強会を続けているメンバーがいる。かれこれ5年ほどになる。前回は、私に講演が入っていたためにお流れとなったので、このメンバーで会うのは、ほぼ9ヶ月ぶりだ。

それぞれの報告を聞きながら、自分の中で気づき、そして喜びを感じられる瞬間に多く出会う。

学校にとって地域とは何なのか、教育目標や方法の基準と教員、生徒の個別性はどういう関係なのか、規制をしすぎるとかえって目標から遠ざかるのではないか、と新たな問いが生まれる。こうした経験のできることが、忙しい中、遠方を含めて集ってもらう意味だと実感する。

こうして一日を過ごせたこと、幸いと思う。
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by walk41 | 2015-12-12 22:07 | 研究のこと | Comments(0)

人間は確率の論議に馴染まない

ネット配信されるニュースに、「子供の学力、生涯収入が必ず伸びる! 子育て世代がぜひとも知るべき 「教育経済学」を紹介しよう」 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44004#gunosy とあった。

中室牧子『「学力」の経済学』という本について、教育が何をもたらしているのか、エビデンス(証拠)を示す同書を高く評価し、「それでは、「経済(学)」と付かない「教育学」とは一体何を内容とする学問なのだろうか。エビデンスに基づかない雑多な精神論の集まりでないことをただ祈るばかりだ」と辛口で締めている(山崎元「ニュースの深層」)。

こうした論調には、いつもながら違和感をぬぐえない。その理由を二つほど挙げよう。
その一、国家レベルの教育政策を立てるのが目的ならばともかくも、それぞれの家庭や学校にとっては、丁寧な幼児教育を受けた場合とそうでない場合について、その後の追跡から、前者は6歳時のIQ、19歳時の高卒率、27歳時の持ち家率、40歳時の所得がいずれも有意に高く、47歳時点までの逮捕率は低かった、と紹介されても、目の前にいる子ども(とその保護者や教職員)にとっては、ほとんど意味を持たない。個々にとってはそうなるかならないかの二者択一の話であって、そうなる可能性が高いと言われても困る。そもそも、丁寧な教育を受けられる状況にあるのかどうかを問えない点でも、この種の議論は心細い。

その二、教育という出来事は、時代や地域的な背景により多様に価値づけられる。教育は世の中のさまざまな条件の一つとしてあり、社会的に「教育が一番」とは限らない。小・中学校の教師の能力下位5%を「平均並み」の教師に変えると、生徒の生涯収入の価値が2500万円くらい異なると紹介されても、そこまで高給で教員を募ることが社会的に認められるのか。そもそも、生涯収入の多いことが「幸せ」とも断言できない。稼ぐことに懸命になったがゆえに、「縁の下の力持ち」の仕事に就く人が尊ばれないことは望ましいのか、も分からない。今の時代の価値観が、将来的にも同じであるとは、これまでの経験を踏まえればとても言えることではない。

つまるところ、学校教育もその一つだが、いつでも、どこでも当てはまるような証拠として、教育は馴染まない。教育がどうだったかは、相当に個人的に受け止められ、その中に「能力」に繋がるかもしれないという、曖昧でアテのないものでもある。その見えにくさに人はロマンを感じ、将来を楽しみにするのだろう。昨今は「見える化」「計測化」とも言われるが、人間に対する操作が可能という素朴でそして恐ろしい発想を問い直すべきではないだろうか。
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by walk41 | 2015-07-03 00:05 | 研究のこと | Comments(1)

ケース研究

校内研究ーそのほとんどは幼児、児童、生徒に関するものだがー、について、飲み会話で盛り上がる。

その中で、学級集団を捉えることは事実上できないし、かといってケース研究、事例を扱っても、学校教育の研究にはならないなあと、気づかされた。まさに「どっちもつかず」である。

繰り返そう。学校は幼児、児童、生徒と呼ばれる子どもを集合的に扱うところだ。「個に応じた指導」といった言葉が強調されるのも、それだけ個に応じていないからこそである。何年何組何番と常に帰属が求められ強化される。着用が求められる名札、決められた座席、クラス目標、班活動、◯◯隊形、どこに個人を基本にした場があるというのだろう。だから、そこで行われる授業は集合的なものであり、「より良い」授業も「全体的」に問われることになる。

けれど、授業の観察者は、あの子がこの子がと見たものをケースで言わざるを得ず、それがなぜかクラス全体を代表するものと無前提に見なされる。「あの子の様子がこの授業を象徴していた」ってね。そんなん、わからへんのに。

全体をとらえる方法も論理も乏しく(平均というロジックはかなり乱暴だ)、かといって個を捉えたからといって「だから?」と聞き返される(それに、あまり個人に注目すると、観察者効果を及ぼしてしまう。つまり「本当の姿」は見られなくなる)。

残されるのは、何十万人といった規模での統計的分析で教育の効果を測定するか、個人による記録か、辺りかなあ。


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by walk41 | 2015-06-06 08:59 | 研究のこと | Comments(0)

最前線との対話を

嬉しい話を同僚から聞いた。

2012年の拙論文、「叱るときこそ丁寧に-教師の子ども呼称における賭け」(http://cert.kyokyo-u.ac.jp/journal12/25.pdf)が、京都府の教員の間で読まれているという。

教師が何げなく、まさに何となく、子どもを呼ぶという行為について考察したものだ。なぜ呼び捨てをするのか、あだ名で呼んだりすることもあるのか-教師の人権感覚、教室における正統性ほか、いくつかのテーマで議論できると思う。これが読まれているのならば、まったく有り難いことである。

かつて、谷沢永一は「アホばか間抜け 大学紀要」(『あぶくだま遊戯』所収)で、大学の紀要を読むのは、1.5人だと、筆者と印刷業者が斜め読みするだけの論文を揶揄したが、自分が書いたものも同様ではないかという恐れは常に抱いている。自己満足の、書きっぱなしの、紙の無駄遣いにならないように、重ねて心したいと思う。

少なくない教員が「現場」と称する、学校教育の最前線にいるとは、局地的には優れても、その事実が大局的にはどういうことなのかを意味づけることは難しいし、何よりも、ある準拠枠(referecen, schema, formatなど)で自分が事実を捉えているのかに気づくことが難しい。ここに、「岡目八目」のように提案をするのが、論文の役割だろうと、私は考えている。

この両者の対話がなされれば、最前線では「そう考えなくてもいいんだ」と職務に臨むことができるだろうし、直接には教育-学習に関わらない後方では「そんな事実があるんだ」と考える材料を得ることができる。立場が違うからこそ、互いに学ぶことができるだろう。

こうした契機になれるような論文に励みたいし、忙しい最前線の人たちにはぜひ論文に触れてほしい。CiNii http://ci.nii.ac.jp/ ほか、web上で読むことのできる機会も多い。批判的で生産的な協力関係ができればなあと願う。
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by walk41 | 2015-05-01 08:05 | 研究のこと | Comments(0)

まず、タイトルを付けよう

新年度の授業、ゼミも始まった。

最初だったので、ゼミメンバーそれぞれがこの1年間に臨むテーマについて、短く報告。まずは自分自身に、そして他の人に研究活動について、宣言するためである。

これらおしなべて思うに、各々、関心はわかるのだが、どうも焦点がはっきりしない。「こんな感じのこと」までは伝わっても、だから? と尋ねたくなるのだ。

今年は、論文の書き方講座をやらなかったからかなあ。次の発表時にも、私に辛口を言われないように、以下にポイントを示しておくから、参考にしてほしい。

①テーマは問いだから、「何がわからないか」に対して一つの答を与えようとするものである。つまり、何がわかっており、そうでないかを捉えていなければならない。だから、先行研究のレヴューがなされているか。文献リストがどれほど挙げられるか。

②先行研究がどれくらいあるか。それはその問題の社会的意義とも関わっている。探してもあまり先行研究が見つからないようならば、卒論や修論で臨むのはやめよう。もちろん、見つからないのではなく、見つけていないようであれば、もっと努力しよう。

③日本語のタイトルは体言止めが多いけれど、内容としては疑問文で考えよう。その疑問に何を材料に、いかに答えるかが、論文の構成につながるから。そして、できれば英語でもタイトルをつけてみよう。それは英語力を尋ねているのではなく、慣れ親しんでいる言語を用いるがゆえの、曖昧さをより取り除くことができるから。

④合わせて、キーワード(検索語)も挙げてみよう。五つくらいまでの、自分のテーマを述べる上で不可欠と思われる言葉を選んでみよう。

⑤ここまでできたら、調査の対象(フィールド)と方法について考えよう。でも、これはまだ先の話ね。



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by walk41 | 2015-04-15 14:29 | 研究のこと | Comments(0)

論文ができました

日頃のあれこれにかまけて、なかなか進められないのですが、以下の論文が発行されます。現職の小学校と中学校の教員お二人と、もう何作目になるでしょうか、共同で取り組んだ論文です。学校の様子を学びながら、こちらの見方も提示できる、貴重な機会として毎回、嬉しく臨んでいます。

(今より)若い頃、50歳を超えたら、あるいは教授になったら、先達はどれくらい論文を書いているだろうかと、ちょっと調べたことがありました。すると、多くの方は数年に一本程度、あるいは雑誌などに掲載される短いものが大半となり、研究活動を続けているとはおよそ言えない様子だったのです。あまりにお寒い状況に、自分は決してこうはならないぞ、と年を数えながら心してきたつもりです。

さて、こうしたプライドにふさわしいものに今回なったかどうかは心許なくもありますが、まずは形にできたことを喜びたいと思います。そして、小さくとも書き続けることが研究者と名乗るならば義務と励みます。編集ほかお世話になった方々、大変ありがとうございました。

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共通理解・合意形成というフィクション―「わかりあえない」からこその学校の危機管理―

榊原禎宏・西村府子・森脇正博

A Fiction, that tells “common understanding” or “consensus building” in the School
-Risk Management, because of not easy to “understand each other”-
Yoshihiro SAKAKIBARA・Motoko NISHIMURA・Masahiro MORIWAKI

抄録:学校教育は多くの物に囲まれる一方,児童・生徒の変容,とくに内面的な変容(学び)を課題とするために,そこでの事実の主観性,相互性,不安定性(瞬時性)を基本的に排除できない。このために,事実をいかに認識するかよりも先に作られる当事者の価値観,規範とその論理が優位して,これらが「何となく」肯定され,主張される言説がもっともらしさを持つという危険性を常にもっている。本報告はこの観点から,合意形成や共通理解が可能であり,それができなければならないという論理を取り上げ,それらがいわば二重帳簿状態,すなわち表向きの主張と実態との乖離を前提に学校が運営されている実際を記述した。合わせて,それらを踏まえた学校の危機管理上の着眼に言及した。

キーワード:コミュニケーション,合意形成,直観,閾値,危機管理
[教育実践研究紀要(京都教育大学附属教育実践センター機構教育支援センター紀要、No.15、2015.3. pp.201-210]
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by walk41 | 2015-03-30 16:41 | 研究のこと | Comments(0)

人口減少と投票行動

「選挙離れ、若者だけか シルバー層も投票率低下」(日経、20150321)を読み、数日前のNHK「おはよう日本」で取り上げられたニュースを思い出した。

それは、自宅から投票所までの距離が長くなるほどに、投票率が低下することを明らかにした研究だ。人口が減少、既存の投票所が閉鎖、他と統合される傾向が強まっているという。このことが、とくに高齢者の投票行動を抑制しているのではないか、を裏付けるものと紹介されていた。おもしろい。

言われてみれば確かにそうだなあ、と感じられることを、実証的に明らかにすること、これは研究の大切な役割である。それを通じて、気づかずに行ってしまっていること(「人口が減ったから投票所を減らすことはやむを得ない」という)を反省し、それでよかったのか、他の選択肢はないのかと、「よりよい」社会のあり方を考えるためのデータを提供すること。これは研究というものの大切な意義だ。華やかさには少し欠けるけれど、手堅い研究である。

以前の拙ブログで紹介した。学校統廃合が進められ、バス通学の子どもが増えると、彼らの体力低下が著しいという経験則が存在すると。また、そのために、学校から1キロメートルの所で子どもをバスから降ろし、学校まで歩かせるようにした校長の話を。同様のことは、原発事故などで避難、仮設住宅で暮らす子どもが多い福島県において、体力の低下が顕著という事実とも符合する。

言われてみればそうなのだけれど、なかなか気づかないこと、そうした着眼のできること、ある方法で事実や事実認識を掘り起こすこと、これらのできることが研究者の資質と私は考える。だから、「どこかで聞いたような話」や、ましてや「言われなくてもわかる話」などで、ひとの貴重な時間を奪う人物を研究者と呼んではいけない。彼らは、ただの常識人である。
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by walk41 | 2015-03-21 11:05 | 研究のこと | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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