学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

カテゴリ:笑いのこと( 31 )

悲しいとき〜

教員研修にて久しぶりに、「いつもここから」の「悲しいとき〜」を皆さんに作ってもらった。ご紹介したい。

悲しいとき〜
◯スピード違反をして警察に捕まり、「教師は子どもにはルールを守るように教えるのに、自分は守らへんねんな」と嫌味を言われたとき〜

◯出張の時にワイシャツを忘れ、ポロシャツにネクタイを付けて行ったとき〜

◯クラスの子どもに「先生は明日、出張です。替わりに◯◯先生が来てくれます」と話したら、子どもたちが拍手をして喜んだとき〜

◯出張先の学校の玄関で、後ろの方に「どうぞお遣い下さい」とスリッパを揃えて言ったら、「ここの校長です」と返されたとき〜

◯クリーニングに出したばかりの布団で、児童におねしょをされたとき〜(養護教諭)

◯鉄棒の練習を手伝っていたら、顔にキックをくらったとき〜

◯子どもと一緒に鬼ごっこをしていたら、足がもつれて手のひらを怪我、「大丈夫?」と心配されながら子どもたちに保健室に連れていかれたとき〜

◯人権啓発懇談会の準備を、前日の23時までやったのに、誰も学校に来なかったとき〜

◯カレーの給食だと気づかずに、白いシャツを着て行き、汚してしまったとき〜

◯授業内容に絡めた冗談を言ったのに、誰一人気づいてくれず、その冗談をなかったことにして授業を進めたとき〜

◯喫煙者の自分が、タバコの害を子どもに話しているとき〜

◯研究授業の事後研究会で「子どもたちがよく頑張っていました」という意見が多かったとき〜

◯クラスの子どもに「先生って、何の仕事してるの?」と尋ねられたとき〜

◯新年度、学級担任が発表された次の瞬間、子どもたちにため息をつかれたとき〜

◯研究主任をまあまあ頑張っていたのに、周りの人は副主任を主任だと思っていたことを知ったとき〜

◯リップクリームを塗って行ったら、子どもに「先生、バターめちゃ食べたやろー。油ついてんで」と言われたとき〜

◯「先生!」と呼ばれ抱きつかれまでしたのに、人違いだったとき〜

◯生徒に「先生の身体のために痩せて」と頼まれたとき〜

…いかがだろうか。教員の皆さんが懸命に仕事をされ、それゆえの「悲しい時」のあることが伺える。こんな失敗ほかエピソードを笑いあえる関係が、学校でも多くあることを願う。



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by walk41 | 2017-08-12 13:43 | 笑いのこと | Comments(0)

笑いを大切に

中学校を卒業する生徒たちに次のような文章を書いた。大人にも大切だと思って、自分にも言い聞かせるつもりで記したのだけれど、皆さんはどう読んでくださるだろうか。
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笑いが身体にとって、ひいては人間関係においても望ましいという指摘は、少なくありません。
笑いの多くは、その人が快適なこと、喜んでいる状態を示していますし、さらにその多くは、他者を必要とするものです。思い出し笑いなどを除けば、笑っている人はたいてい、誰かと一緒にいますね。一人で笑っている人にはちょっと近づき難い雰囲気も感じるのです。

そんな大切な笑いですが、学校という場ではどちらかと言えば、抑制されていないでしょうか。学校では「真面目」「真剣」「必死」であるべき、どちらかと言えば、笑いとは相性の悪いものに高い価値が置かれ、笑いは、「不真面目」「ふざけている」「いい加減」と否定的に見なされる場合もあるように思います。はたしてこのような見方は適切でしょうか。

笑いの効用に、笑いが緊張を解きほぐし、自分を冷静、客観的に捉えることで、より楽に、楽しく生きることにつながることを挙げるものがあります。ともすれば思いつめたり、深刻になりすぎることで起こるしんどさを解き放つために、敢えて笑おうと心がけることは大切と言えるでしょう。

「お金持ちはお金をたくさん使う」のように、世の中の多くの出来事が、一方向でのみ説明できるのに対して、笑うという行為が感情と双方向の関係にあることは、しっかり踏まえられるべきです。
つまり、楽しいから笑うということに加えて、笑うと楽しくなるのです。楽しいと笑いたくなるのは、わかりやすいですね。これに加えて、仮に楽しくなくても、笑うことで楽しい気持ちがわき上がってくるということが実証されているのです。これは人間に限らないかもしれませんが、とてもユニークなことだと思います。

しんどい時にこそ、笑うように努めましょう。そうすれば、楽しい気持ちが生まれてきます。すると、悲観的に見えることも「それほどでもないかな」という気がしてきます。あるいは、「じゃあ、こんなアイディアはどうかな」と新しいことも思いつきます。悩み苦しむ中で思いつくこともあるでしょうが、「あれもいいな、これもいいな」と楽しく考える方が、アイディアがいっそう生まれると思いませんか。

卒業にあたり、みなさんがよりたくましく生きていってくれることを願います。そのための道具であり元気の源でもある笑いをいつも携えて下さい。
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by walk41 | 2017-03-20 12:08 | 笑いのこと | Comments(0)

笑う門には福来たる

ドイツ語の日めくり、今日のことばから、

笑うための時間を取りなさい、それは魂の音楽だから。

優しく親切であるための時間を取りなさい、それは幸福への道だから。

アイルランドから
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by walk41 | 2016-12-19 06:40 | 笑いのこと | Comments(0)

低く見積もってはいけない

日めくりカレンダー、今日の言葉(ドイツ語版)

私たちは、あまりにも次のようなことの力を低く見積もりがちだ。

それは、花が咲くこと、笑顔、親切な言葉、耳を傾けること、正直な褒め言葉あるいは肯定的な小さな振る舞いである。

これらはすべて、生活を変化させる潜在力をもつのだ。
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by walk41 | 2016-11-30 07:26 | 笑いのこと | Comments(0)

相対化が幸せにつながる?

この頃になってなぜか、というか、この頃になってようやくというべきか、幸福(happiness, well-being)について学問的に捉えてみたいと思うようになっている。

幸福は一面で客観的な条件があってこそのものであり、たとえば貧困、健康、栄養といった変数と強く関連していることは、おそらく誰しも認めることだろう。その一方で、幸福とは主観的なものでもあり、傍から見て幸福とは思えないような状況にあっても、当人は幸せを感じていることもこれまた、もっともらしく思われる。

国民一人当たりのGDPが高くなったからといって幸福度が高まるとは限らず、むしろGDPが低い国や地域において幸福度がより高いというデータを見たりすると、客観的な条件よりも主観的な捉え方が幸せに影響を及ぼしているのではないか、とすら思いもするけれど、ここで慌てずに、「主観的な捉え方」とはどういうことかを丁寧に見てみよう。

すると、次のようなことが言えないだろうか。それは、幸福かどうかを決めるのは、たしかに主観的ではあるけれど、そこには、自身の物の見方上の癖、偏り、傾き、あるいは好みとして、「そんなこと、大したことではない」とか「へ-、そうなんや。面白い」と言った、自身の受け止めを絶対視しない、遊び心、相対的認識がより強いかどうかではないか、と。

たとえば、びっくりすることに出合う。それをただ驚くのに終始するのではなく、そんな出来事が起こるんだという面白がる態度、あるいは、どうして自分はびっくりしたのだろうかと自身を分析する姿勢、こうした物の見方のよりできる人、できる場合に、「そんなん、大したことないやん」とか「これからどうなるんか、見届けたろ」と余裕をもって出来事に対応できる、それにより、自身の受け止めを絶対視して、自分が不幸だと感じる、不運だと嘆く、さらには誰かのせいでこんな目に遭っていると恨む、といったことを抑制できる、その結果として、自分をより幸福だと思える。そして、こんな物の見方を支えるのは、自身を越えた世界に対する客観的な観察を通じて培われるものでもある-こんな説明である。

主観を絶対視しない相対感覚を持ち得ていること、そのように見える、思われるけれど。それは一体どういうことなんだろうか、なぜ自分はそんな風に思うんだろうか、と受け止めを処理(coping)できるか否かで、主観そのものが変わりうる、そして、どちらかといえば楽観的に捉える、「そうなんだ」と決めつけないことが、幸福感をより高める方向と合っているのではないだろうか。

もし、上の説明ができるようならば、幸せであるためには、自身の物の見方の癖を知り、さらに相対化する癖を強める習慣を身につけることが大切と導きうる。つまり、「どう捉えるかは、人それぞれで、その違いはどうしようもない」と思考を止めるのではなく、なぜ違うように捉えるのかを、客観的かつ主観的に分析できる能力や態度が、幸せになるためには不可欠、と言えるかもしれない。
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by walk41 | 2016-09-12 22:28 | 笑いのこと | Comments(0)

しんどい時こそ笑う

笑いについて、感情と行為は相互に因果的である。

世の中の多くのことがらは、一方向的に因果的なことを考えれば、これは驚くべき特徴だ。人はお金がたくさんあれば、たくさん遣う傾向にあるが、たくさんお金を遣うと、お金持ちになるわけではない。あるいは、一般に加齢するほどに血圧は高くなる傾向にあるが、だからといって血圧を上げれば早く歳をとるわけではない(年老いた身体になりやすいとはいえる)。こんな風に、片方が先行してもう片方がこれに伴うという事象が多く観察される。

これに対して笑いは、おもしろい、愉快、滑稽という、多くは認知に基づく感情が生起し、これによって笑うという行動が生じる一方、笑うという行動を取ることで、楽しい、あるいは嬉しいという感情が生まれることが観察されている。

…2014年夏の高校野球で、9回裏に大逆転を成し遂げた石川県の星稜高校野球部を覚えているだろうか。強靭な精神力をもって勝利を掴んだ彼らが掲げるスローガンは“必勝”ならぬ“必笑”。ピンチのときにも笑顔を見せる姿が印象的だった。選手たちは「笑うことでポジティブなイメージが湧くので、心身を落ち着けて前向きに戦える」と語っている。…日経Goodday http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/16/051800025/051800002/?ST=bodycare&P=3

この傾向を知るならば、困難なときこそ笑いを大切にすべきと導ける。

なのに、困っている状況にいる人に対して、「もう後はないぞ」「ここでできずにどうする」と、いたずらな鼓舞や脅しあるいは説教をすることが多いのではないだろうか。これで相手が恐怖し、萎縮することをどれだけわかっているのだろうか。

かくも「何となく」やっていることの罪深さに気づけて初めて、自身を相対化すること、なぜ自分はそのように感じ、考えるのか、どんな理屈を立てがちなのか、そしてどんな風に行動しているのか、を分析のまな板に載せることができる。

逆の方向から考える、逆転して発想するとはこれまでも言われてきたが、これを実際にすることは私を含めて決して容易ではない。そのためにも、これまでの自分とは違う自分を作り出すための、ちょっとした勇気や覚悟が持てるような健康な身体が、よりいっそう求められると思う。

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by walk41 | 2016-05-29 09:09 | 笑いのこと | Comments(0)

ボランティアをして笑う

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阪急電車にて。

いいキャッチフレーズだなあ。
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by walk41 | 2016-05-28 11:58 | 笑いのこと | Comments(0)

初めて会った人に笑ってもらう

ある会誌で尋ねられた問い、「あなたのマイブームは?」これに「初めて会った人に笑ってもらう」って書いたの。

スーパーマーケットで買い物をする。財布を見ると小銭が多いので、お札と合わせて小銭をまとめて出す。いちいち数えるのが面倒という私のせいだけれど。すると何と親切なことに、こちらの受け取るお釣りが少なくなるように取ってくれる。「さすが、お金を扱うプロですね」と話しかけると、笑顔を見せて下さる。嬉しいなあ。

別のマーケットに行く。冷凍や冷蔵ものが多いためか、えらく寒い。レジスターで「寒くないですか」と話しかけると、「夏はこれでちょうどいいですから」と返ってくる。「まるで、がまん大会ですね」と言うと、けっこう笑って下さる。これで、寒くなくなるわけではないのだけれど。

こんな、ほんの小さなことだけれど、何気に笑えるような時間がいいんじゃないかなって思う。楽しい時間はその時が長く感じられるだけでなく、ちょっと良かったなと反芻できる分、より長く感じられるのではないかな。約めれば、笑えることは長生きでもある、ということではないかしら。
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by walk41 | 2016-04-25 21:22 | 笑いのこと | Comments(0)

にもかかわらず笑おう

朝日新聞での落語家、桂歌丸さんへのインタビュー記事。「人間にとって一番肝心な笑いがないのが、戦争をしている所」という行が印象深い。真面目すぎて、笑う雰囲気にならない、こんな状況は要注意だ。正義を振りかざし、異論を排除する、思考を停止させ、身体も強張らせる。自身をカチコチの状態にしてしまうのだ。争いはこうした状況でこそ起こること、よくわかる。

「相手を笑わせてナンボ」と関西人らしく自負したい。ともすれば高まる緊張をほぐし、しなやかに、かつたくましくありたいと思う。そのためにも、世の様々な具体を学び、自分の頭でも実験できる体力を高めなければ。それでこそよく笑うことができる。面白いから笑うだけではない、笑える自身であることで面白く見えてくるということを、確かめさせてくれる記事だった。
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by walk41 | 2015-10-19 12:25 | 笑いのこと | Comments(0)

教員がワクワクしているか

学校でミドルリーダーと目される人たちとの研修会、おおむね楽しく過ぎたと思う。

子どもの意欲をいかに高めるか、学力目標をいかに達成するか、とともすれば、悲観的な空気が漂うけれど、それをわかってなお、教員が楽しそうに学校や授業でいるか、ワクワク感を持っているかが大切だろうなと、皆さんに話をしながら思ったのだ。

人にはミラーニューロンという神経が備わっていて、真似をするという習性があるらしい。笑い学においても基本テーマだが、なぜ笑いは伝染するのかに対する一つの答えは、笑っている人を真似ることで、笑っていると知ることができるからだという。楽しそうにいる人を見れば、なぜか自分も似た感情になりやすいとは、おそらく多くの人が得心することだろう。

ならば、教授方法や教材理解といったこととは別に、教員がいかに子ども同僚あるいは保護者とラポール(心的親和性)を築くことができるか、いかに他者に興味を持ち、面白いこと、楽しげなことを共有したいと思っているか、が問われるべきだろう。

先天的にそう振る舞える人もいるかもしれないけれど、広く経験によってこうした態度や指向性を獲得するならば、そのトレーニングは毎日の生活の中で行うことができる。出会った人に微笑む、ちょっとしたユーモアを話す、色々なことに、面白いなあ、不思議やなあと子どものような眼差しを向ける、幾つであってもできることだろう。今日が人生最後の日かもとちょっと思って大切に生きること、こんなあたりが魅力ある教員にも連なっているのではないかな、と思う。
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by walk41 | 2015-10-16 20:37 | 笑いのこと | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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