学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

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美しい、きれい、キレイ

「美しい心」や「きれい好き」は、学校の目標や道徳の主題にまま見られる言葉だ。

潔さや衛生的なこと、整頓などを示すものとしてはわかる。でもそれは、「キレイ」の意味にはならない。

からだ全体と各部の絶対値と比率、とくに顔立ちがどうかは、まず自分のイメージ、さらにはアイデンティティを支えるきわめて重要な指標であり、つぎに他者に自分をアピールする上での大切な「元手」である。それは、背の高さ、足の長さ・大きさから、唇の形や歯並びまで多岐に及ぶ。

大人になるのを待たずほとんどの、とくに女性が自分の容姿を四六時中ほどに気にかけ、化粧やダイエットに励むのはその証であり、「自分らしさ」に納得したいゆえだろう。このように理解できるなら、それまでに受ける教育は彼らの近い将来といかに噛み合っていないことだろうか。

学校において、一連の行為は「思いやり」や「優しさ」にもとづくものであり、交換活動としては捉えられないのと同じように、「自分の良さ」「人間としての成長」についても、すぐれて一元的で、また操作対象とも捉えられにくい。

ある女の子には、人間としてよりも女としてあることが大切であり、そのために「プチ整形」も厭わないのだが、「若いのだから」「そんなことにお金を遣わなくても」と、教員をはじめ大人に制止されがちである。ある男の子には、ニキビを抑え、爽やかに見えることが第一なのだが、「それより勉強に励め」「格好ばかり気にする人間になるな」と叱られる。いずれも彼らに届くメッセージにはなりえないだろう。

大人世界の「先兵」である学校は、どうもこうした価値や規範に関わる分野が苦手なようだ。ひょっとしたら、それを十分に承知の上、ハナから反面教師を目指しているのかもしれない。
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by walk41 | 2012-03-27 00:29 | ことばのこと | Comments(0)

誰でも気づくことが

NHK朝のニュース」(2012.3.26)、「元気な中小企業」では、トンネル検査で急成長する北九州市の会社を取り上げる。

これまで道路を閉鎖して、1ヶ月かけて行われていた人の目によるトンネルのひび割れなどの検査。これを、特殊な車両に16台のカメラを装着、時速50キロで走行しながらトンネル内を記録する。1秒間に30枚の写真を撮影できる技術で、わずかなひび割れも見つけ出し、検査日数も費用も大幅に短縮・削減できるという。

「誰でも気づく技術だったと思う。でも誰も手をつけていなかった」と社長が語る。

これはどこにでも当てはまりそうだ。変えていくヒントはいっぱいあるはずなのに、問題はそれになかなか気づかない、ということ。

かつて、「理屈は要らないから、どうすればいいのかを教えてほしい」と大学院に来て話す現職教員が少なくなかった。どうすればいいのかは自分で見つけ出すしかない。大学のできるのは、当たり前に見えがちな教員に、違う角度から、あるいは異なる光を当てるという思考上の実験方法について教えることである。

見えにくい学校教育に実践的であろうとすれば、いきおい見たいものしか見えなくなる。そこで岡目八目の役割を果たすのが学問や教養だから、それらが実践的だというのは論理矛盾である。「実践に役立たないけれど、学問は大切だ」ではなく、「実践に役立たないからこそ、学問は大切だ」なのだ。
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by walk41 | 2012-03-26 08:36 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

ここにも戦争の跡が

http://www.stuttgarter-zeitung.de/inhalt.bombensuche-in-stuttgart-sperrung-in-der-innenstadt.125b65ad-11da-4f9e-a933-809d87602d15.html より。

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何の看板だと思いますか。

第二次世界大戦で投下されたと思われる爆弾を処理するために、付近を通行止めにすることを知らせる掲示です。

Stuttgart駅の地下工事に伴って行われるこの処理、半径325メートルを閉鎖して、数時間、鉄道はもちろん、路面電車、バスも停止あるいは迂回するとのこと。
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by walk41 | 2012-03-26 00:37 | ドイツのこと | Comments(0)

「ラスト・サムライ」

2003年に公開された映画、有名俳優が出演した話題と合わせて、新渡戸稲造の「武士道」がよく読まれるきっかけにもなった。

武士に対する評価は様々だが、近代化を旗印にした明治維新が、個人の解放、つまり職業と住居の自由を宣言した点で、生まれ落ちた村落共同体とそれに繋がる君主への忠義を柱にした社会が終わったのは確かだろう。もっとも、国民国家として日本人を育成し、天皇を頂点とする共同体への著しい同調を求めた以降の流れも、同じ構図かもしれないが。

ここで、last を「最後の」という意味とともに、「最新の」の意味でも捉えるならば、サムライの話だけではないことに気づく。時間の流れを止められない限り、ラストはつねに最後尾、「前の時代」の最新である。この後を追いかけて新しく塗り替えてしまおうとする「次の時代」に抗おうとする、燃え尽きる炎が見せる輝きのようでもある。

つまり、次にやってくる者に対しては、誰もがいずれラストになる。その価値は、「前の時代」の最新をいかに示しえているか、「前の前の時代」からどれほど違っているかを自負して、「次の時代」に敗れるかにあるのではないだろうか。
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by walk41 | 2012-03-25 22:55 | ことばのこと | Comments(0)

「ふるさと」はどこにある

NHKスペシャル「故郷か 移住か ~原発避難者たちの決断~」(2012.3.24)を見た。

原発事故後、避難を余儀なくされ、その後の帰宅のメドもなく、漂流状態の住民を描き出していた。そこで印象的なのは、年配の人は住んでいた町にみんなと帰りたいと考えるが、子どもたちのこれからを考える若い世代は、新天地を求め去ろうするということだ。

学校教育の基本的な特徴は、子どもたちがいま住む町から旅立つために、何かを教え育てるという役割を担っていること。やがて自分たちから離れていく者のために、自分たちの貴重な資源を投入するという不思議なことを担っているのが、学校である。「ふるさと」に住むための学校は、成り立ちにくいのだ。

その意味で「ふるさと」は、自分が育まれ、広い世界に出て行く基盤を与えてくれるもので、「心」の拠り所としてこそ意味を持つのだろう。つまり、そこにいては感じにくいもの、それが「ふるさと」ではないだろうか。

愛唱される「ふるさと」もちょうどそんな心情を語っているように思う。「忘れがたき ふるさと」「思い出ずる ふるさと」「いつの日にか 帰らん」、いずれも今そこにいないからこそわき上がる気持ちなのだろうと。
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by walk41 | 2012-03-25 12:10 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

この夏で14歳です

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まだまだ京都では寒い日が続いています。ねこたちもストーブからなかなか離れず。

というのに、いつになく真剣なまなざし。ご推察のとおり、カメラの後ろで寿司ネタをちらつかせているのです(^^;)。

最年長のきなこでした(横のあずきは写真がぼけたのでカット!)。
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by walk41 | 2012-03-25 10:04 | ねこのこと | Comments(0)

ものづくりとノウハウ

たまたま録画していた2011.3.11の朝のNHKニュース。アメリカで注目されている医療機器メーカーの社長、藤田さんを紹介していた。

とても興味深いのは、朝礼で社員に「マニュアルにはないものづくりに励んで」と語る一方、部門ごとの仕切りをなくして「見える化」を測っていること、思うに、前者はそれぞれの創意工夫を、後者は風通しのよい職場づくりに、心をくだくということではないだろうか。

ともすれば、「見える化」は「測る化」、「言語化」、客観化、と解されてきたけれど、ものづくりの現場で、マニュアルに収まらないそれぞれの働き方に注目する会社があるのだと、改めて見直したことだ。

客観と主観のそれぞれの良さが活かせる職場づくり、学校でも進んでほしいな。
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by walk41 | 2012-03-24 20:24 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

これからは、「なので…」?

少し前から気になっていた、「…。なので、明日は…」と書かれた学生の文章。

読売新聞朝刊コラム(2012.3.24)にこの言葉が取り上げられたことが、ネットニュースに載っていた。

「だから」が「…だ」と「から」をつなげたものなのだから、「…な」と「…ので」もつながってよいではないか、はもっともな意見。こちらがまだ見慣れていないために、くずれた感じの表現と、忌避すべきと考えがちなのだろう。

「したがって」「よって」などが堅い表現として、あまり遣われなくなっていくとすれば、「だから」も濁音が入る分、きつく聞こえるからと、知らず知らずのうちに、「なので」と柔らかい言い方になっているのだろうか。そんな優しさの現れと見れば、感心するべきことなのかも。

「この文章はいったい…」と疑問を呈する前に、さらには「学力低下」を嘆く前に、自分の辞書のバージョンアップについても振りかえりができるかどうか。人は身体から老いていくだけでなく、遣うことばから老いていくのかもしれないから。
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by walk41 | 2012-03-24 14:02 | ことばのこと | Comments(0)

試験はこうでなくちゃ

ドイツBaden-Württemberg州、文部省報道発表(2012.3.23)

月曜日と火曜日に、職業ギムナジウムと普通教育ギムナジウムのAbitur試験(大学入学資格試験)が行われる。職業ギムナジウムは職業に関する諸教科の、普通教育ギムナジウムはラテン語の試験である。文部省は、予定されている近郊の公共交通機関のストライキにかかわらず、受験生たちが時間どおりに試験会場に現れなければならないこと、また学校へのルートを適切に計画するように求めた。なお、学校には時間どおりに試験を開始するよう指示した。

原文は、http://www.baden-wuerttemberg.de/sixcms/detail.php?id=274323
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ところかわって某国では、「交通機関の乱れのため、試験時間の繰り下げ」「試験会場を間違えても受験できるように」受験生に不利益のないように求められる。さらには、「新幹線が予定外の駅に臨時停車して、受験生を間に合うように送った」ことが美談にすらなりうるほどだ。不思議やなあ。

試験は予定どおりにきっちり、かっちり。こうでなきゃ「社会の荒波」には耐えられへんで。
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by walk41 | 2012-03-24 07:34 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

その場をつくる力

きのうは卒業式、夕方からは卒業記念パーティーが開かれ、学生の企画でプログラムが進んだ。

司会の学生の軽妙な語りで案内がなされ、学生が4年間を語る、それぞれに笑い、涙あり、濃厚な大学生活を過ごしたことがよくわかるスピーチだった。何よりと嬉しく思う。

それにも増して印象深かったのは、集った面々が和みつつも、振り返り、考えられるシーンに満ちていたこと。会場は今どんな雰囲気になっているのか、各々がどんな風に話をすればよいのか、また歌を披露すればよいのか、そして自分がどのように動けば良いのか、その按配に長けた学生が多く、彼らの振るまいが適度な距離感に支えられていたことだ。

遠慮しつつも大胆な物言いをすること、同じ専攻メンバーであることを喜びつつ、違いを認めること、皮肉と自嘲のぎりぎりの笑いをとることなど、彼らが互いを慈しんでいる様子がよく伝わった。

今の世は「コミュニケーション力」が流行りだけれど、それは自分だけで発揮できるものではない。相手に受け入れられる自分を見せること、暖かな目線を送ること、また相手から学ぼうとすること、こうしたやりとりをくり返して、コミュニケーションのできる関係が育っていくように感じる。

卒業していった学生が、そうした素養をすでに身につけていることを、誇らしく感じた夜だった。
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by walk41 | 2012-03-24 02:11 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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