学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

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やっぱり学校の「研究仮説」は変!

あくまでも、学校でいう「校内研究」に限った話。

どうしてこんなスタイルになっているのかわからないけれど、教育委員会所管の教育センターがこの指南をしていることは明らかだ。たとえば、http://www.edu-c.pref.miyagi.jp/longres/H15_A/pdf/gkgb09.pdf

一例を引くと、「国語科の『話すこと・聞くこと』の指導を中心とした発表活動において,話す内容を考える際に使用する学習カードを工夫したり,友達の発表の要点や発表の仕方の良い点等に気付かせる支援の仕方を工夫したりすれば,話し方・聞き方が深まり,意欲的に意見を伝え合うことができるようになるであろう。」

話をつづめると、「~の工夫をすれば、~になるだろう」という話。これをおかしいとは思わないだろうか。

だって、「学習カードや気づかせる工夫」と「深まり、言い合うことができる」とは、ほとんど同じことを言っているから。「雨が降れば、雨傘を差す人が増えるだろう」の方がまだちょっとは違っているくらいだ。

そのため、生徒の深まりや伝え合いが、工夫の結果なのか、それとも、深まりや伝え合う様子を見て、工夫をしたと判断できるのか、がわからない。さらには、これまでそんな工夫をしてこなかったの?とたずねたくなるほどである。

こんなことを続けていても、授業は何も変わらない。そのことを当の教員は知っているから、校内研究は決して「やりたいわけではない」、研究主任にはなりたくない、指定研究もできるだけ避けたい、御免被る、となるのだ。

もうこんなことは止めや、と声の上がらん辺りが、「まあ、ええんとちゃう」という踏襲型の硬直した組織ゆえか。「学力向上」って子どもに変わることを求めるんやったら、教員と学校も変わらんと、あかんやろに。ええい。
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by walk41 | 2012-03-10 11:24 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

誰かが喜んでくれるから

ある中学校での会合に出席した。教員と保護者、地域住民のみなさんが夜の学校に集う。そこで挙がった話題の一つが、「どうしたら生徒は勉強するか」について。

傍観者的には、いつの時代も聞く話ではとも感じるが、「自分の頃は将来の目標に向かって頑張った」「今の子は、刹那的なことばかりに関心がある」と、大人の意見はなかなか手厳しい。

そこで「ちょっといいですか」と、話をさせてもらったのは、

1.無理矢理にでも勉強させる、ことを考えるのでなけれは、大人にとっては口惜しいけれど、生徒がやる気になる方向を考えるしかない。

2.「今すぐに役立つ」とか「おもしろい」とかと感じられる内容にはなりにくいのならば、それ以外の「もっともらしく思われる話」を用意するしかない。

3.たとえば、「将来のために」と言われて、納得する生徒もいるだろうが、それで得心しない生徒にはどんなストーリーを示すことができるかを考えなければ。

4.2と3が個人的な「利益」に関することだとすれば、残るのは社会的な「利益」に関する話になる。たとえば、「友だちのために」「家族のために」「地域社会のために」「天下国家のために」と言えるだろうか。

…と。みなさんにどれほど伝わったかは、わからないけれど…。

人は自分の利益を喜ぶと同時に、自分にとって「意味ある他者」の利益を喜びもする。今の学校の勉強は、「君の頑張りはみんなのために(こそ)なるのだ」という物語を成り立たせているだろうか。
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by walk41 | 2012-03-09 13:43 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

一人で物語は作れない

龍安寺に置かれる石に「宇宙」や「世界」を見いだすように、人は客観的に存在するものに対してすら、それぞれの脳でさまざまな像を結ぶ。となれば、自身を離れて捉えることのできない主観的なものが席巻する領域において、「共通理解」や「一糸乱れず」などがまずあり得ないのは当然だろう。

学校教育もその一つの場である。そこでは、「子ども」の「成長」「発達」を促し、彼らが「学力」や「生活習慣」を獲得することを目指して設計される。そのほとんどは、客観的な測定がまず不可能な、主観的なものから成っている。

ここで大切なのが、それぞれの物語であり、それは過去と現在そして未来という時間の流れを持つ歴史でもある。「明日を目指して」とか「伝統を重んじ」などといった言い回しが頻繁になされるのも、今だけでは作れない物語のゆえだろう。

その物語におけるポイントは、「おひとり様」ではまず成立しないということだ。登場人物が自分だけなんて物語になりえない。そこには友人や家族、仲間や同士、あるいは敵や宇宙人がいなければ文字通りお話にならないのだ。

さて、学校教育では「いかに児童生徒の意欲を引き出すか」が授業論のイロハとも言える状況だが、その理由を物語の不在に見つけられるならば、学校に大きな示唆を与えられる。

マルクスの「万国の労働者、団結せよ」と述べたことの卓越性を、内田樹が指摘しているが(2011.10.26. 日本経済新聞、電子版)、それは他者がいてこそ物語が創られることを意味するとも言えるだろう。

「やっておかないと困るよ」「親戚の間で自慢できるから」ではなく、君が関わる「世のため、人のため」に、君たちの勉強(この場合、学び、ではなく)があるのだという、因果を含めた話が学校から、保護者から、あるいは社会から発信されず、それが彼らの物語づくりにつながっていないことを知らなければならない。

「豊かな国」における、また「貧しい国」における「無気力」「無関心」ゆえに、子どもたちが物語を紡ぐ仕掛けが欠落していることが、「勉強から逃避」を招いているのである。
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by walk41 | 2012-03-08 18:19 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

意外性こそ華

NHKクローズアップ現代、2012.3.7 を見た。

アニメに描かれた風景の元となった場所を見つけようと、若者が各地を「聖地巡礼」する話。今や全国400カ所に上り、その経済効果も小さくないという。

興味深いのは、そうしたファンを当て込んで実在する風景をアニメに用いたのではなく、アニメの視聴者が増えたために時間のかかる作品づくりが難しくなった会社が、手短に身近な風景や建物をモデルに使いはじめたことが、意外にも大きなヒットに結びついたという、想定外の事態だ。

つまり、事前に予期しなかったことが大規模に生じた好例であり、経営学の分野に絡ませるならば、PDCAが当てはまらないということになる。ちなみに、想定できるものは、たいてい退屈、これも不思議なことだろう。

さらに面白いのは、アニメに出てくる架空のお祭りなのだが、ファンの後押しかファン狙いか、実際のお祭りとして始まったということだ。瓢箪から駒のことが意外に現実を左右する、「頭でっかち」だとこうした物の見方を忘れてしまいがちなのだろう。

古くさかのぼれば、お伊勢参りもそうだったのかもしれない。人間にかかわる現実を説明することは、かくも難しい。
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by walk41 | 2012-03-08 00:48 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

声で人を理解する

きょうのNHKニュース、アカデミー賞、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で第84回の主演女優賞を受賞した、メリル・ストリープさんがインタビューに応じる。

興味深く聴いた中でも、彼女がサッチャー元首相の声を1週間、テープで聴き続け、彼女の人となりを理解しようとしたという話が印象的だった。

子ども理解という場合、教職員とくに教員はどんなセンサーを働かせているのだろう。情報の圧倒的多くは視覚によるらしいから、「見た感じ」がやはり中心になるのだろうか。

「表情は嘘をつけない」という言い方があったかと思うが、「声」も同じように思う。子どもが帰ってから、あるいは家で、「あの子の今日の声は、どんな感じやったっけ」と振り返るのも、子ども理解の一つかなと感じたのだった。
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by walk41 | 2012-03-07 16:27 | 学校教育のあれこれ | Comments(4)

「こわす」と「つくる」に通じること

けさのNHKニュース、女性に人気を得るためのカップ麺の開発が紹介されていた。

たとえば「焼きそば」、ボリュームの多いことが売りで、女性には持つのが恥ずかしい点を改善しようと、新しい容器の形を試作する。

担当スタッフのことば、「当たり前と思っていたことを本当かと考え、別の考え方を見つける方法を発想した」。

教育学ほか社会科学は、「今あるものを批判し、こわしていく」のが役割とわたしは考えているが、これと同じように、「新しいものをつくっていく」役割にとっても、この思考方法は通じるのだと、印象深く聴いた。
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by walk41 | 2012-03-07 08:54 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

クラス替え

昨年お邪魔した、南ドイツの小学校では驚かされた。

その前の年にも伺ったのだが、学級担任の先生の教室が同じなのだ。「だって、同じ学年だからでしょ」。いやいや、彼女は前年は4年生、今は3年生、もちろん、子どもたちたちも違っている。

隣の教室を見ると、4年生。つまり、1と2年生、3と4年生という括りにはなっているけれど、違う学年の児童が隣り合っているのは、教員が担当する学年やクラスが変わっても、自分は動かないという仕組みをとっているからなのだ。

このことを校長先生にたずねると、「同じ部屋の方が、自分らしく飾ることができて良いでしょう」とのこと。たしかに、使い勝手を含めて、教員には好都合なことが多いのかも。

校舎における学年と学級の配置について、毎年のように、児童生徒と教員がみんな動くような前提で捉えていたことに気づかされた。

もちろん「隣の学校はこんな風にはしていないけれど…」と校長。それでもなお、その学校からはまず移動しない人事運営ゆえ、できることなのだろうなあ。
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by walk41 | 2012-03-06 09:09 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

単位

学生にたずねる。「この授業を取れたら2単位だけれど、単位って英語で何ていうか知ってる?」

大学等での単位を指す credit は、信用、つまり「クレジット・カード」の意味でもある。それだけの評価がなされていますよ、ということなのだろう。

卒業式が近づいているが、そのために、全ての学生がくぐらなければならない門が、必要な単位の取得。単位数もさることながら、卒業要件を満たす種類の単位をそれぞれ得なければならない。

おおよその学生はクリアしていくのだが、それでも、勘違いや数え間違い、そして何よりも履修(合格)できなかったために、卒業延期ということも残念ながら起こる。

かつては、大学と学生との悪い意味での蜜月関係が横行したこともあったが(何度も愚痴っているが、私の大学院生時代、受講者が1人だったのを嫌がってか、ある助教授はただの1度も授業をすることなく、「優」の単位を出した。こうして大学の信用が落ちていったのである)、昨今はおしなべて厳しく、つまり真面目に大学・大学院教育をやっていると自負できる。昔の学生よりも遙かに強い負荷がかかっていることだろう。

その分、学生一人一人の顔が浮かび、ちゃんと卒業してやと強く思う。合格電報の「サクラサク」だけでなく、卒業もまさに「桜咲く」なのだ。
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by walk41 | 2012-03-05 17:12 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

合意形成

学校関係者で、この言葉が多用されていることに、これまで気づかなかった。

合意形成(Consensus Building)とは、公共政策などを策定するに際して、利害関係を調整したり、視点や着眼点を増やすなどにより、「合理的な」意思決定を行う上での発想と手法と捉えられる。そこで必要になるのは、次の点だろう。

1.利害に関わるデータ⇒譲歩や説得を行うためには、ゲーム上のコマ(データ)が明らかでなければならない。
2.いま持ち得ている視点や着眼点⇒どのようなルール(原則)のもとでゲームをして、また行えそうなのかを整理していなければならない。

さて、「校内研究における教職員の合意形成」などと学校では言われるけれど、上の二つを満たしているだろうか。つまり、

1.どんな利害関係があるのか⇒合意することそのものが目的になってはいないか?
2.どのような視点で議論しているのか、それを広げたり、狭めたりするというルールが整理されているのか⇒どこがいかに合意されていないのか、どのような合意がありうるのかについて確認されないままに議論が始まっていないか。

「学校は民主主義を学ぶ場である」と今なお自負するのであれば、教職員間の合意形成についてはどうか、振り返ってみる必要はないだろうか。
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by walk41 | 2012-03-04 17:42 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

「ストーリー」と「ヒストリ-」

社会科学で「物語」とは、人々によって注がれる眼差しを通じてつくられる意味世界のこと。

学校教育もその一つの場で、客観的にどうであるかと同等に、あるいはそれ以上に主観的な捉えられ方が意味を持つ。だから、「客観的な学校評価」を目指しても、分が悪いと思う。

歴史history も、解釈の余地が大きい、だから、story は history に通じるんや、って一人合点していたのだけれど、語義的には別の流れらしい。がっかり。

でもドイツ語ならば大丈夫。物語も歴史も Geschichte、同じ言葉だ。何かを語る、時系列に並べるというのは人間ならではの所作、これがないと生きづらいんやろうね。
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by walk41 | 2012-03-04 08:18 | ことばのこと | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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