学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

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学びたいから大学に来るの

新年度がスタートして、授業も進んでいる。手前味噌だが、いずれもまあまあいい雰囲気じゃないかな。

そんなある日、一人の学生がやって来た。尋ねると今日初めてこの授業に来たのだと。やむを得ない理由もありうるから事情を聞くも、致し方ないとはいえないものだ。よしんばそうであったとしても、この間、授業者に連絡を取ることはできるし、最低の最低限、クラスメイトに伝言はできるだろう。それらはいずれもなし、これまで配ったレジュメのコピーすら携えていない。そんな格好でやってきて、グループワークをしているからどこに座ってよいか、わからないのだ。どこに座ればよいですか、と。

もうすでに複数回、授業は進んでいるし、何よりこの雰囲気についていけるはずもない、そもそも、逃がした分が君にとって勿体ない、と話すが、なかなか引き下がらない。◯回までは休んでも単位を取れるじゃないか、と。

あのさあ、大学って建前かも知れないけれど、来たくて来るところだよね。嫌なら来なくていいから。その期待に応えるべく授業者は準備をしてその時間に臨んでいるの。お茶の間でテレビを見るように、気が向いたら見ようか、というものとちゃうで。ましてや、国立大学法人の学生、皆さんから集めた税金が授業にもたくさん投じられてる。そんな声を荒げて、食ってかかる態度を教室で示している自分を恥ずかしいと思わないのかな。

教員を含めて大学人はある意味、特権階級である。自由な時間を与えられて、自分の進路を築ける、歩める可能性をもらっている。その地位にふさわしく振舞うことは義務でもあるやん。君たちは消費者ではないよ。一緒に大学の価値を作っていくメンバーでもあるのだから、互いに頑張ろうよ。納税者に顔向けができるように。
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by walk41 | 2016-04-30 17:31 | 授業のこと | Comments(0)

貧しさ

ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカさんのインタビュー記事を読んだ(朝日、20160331)。次の行が印象的だ。

 ――「世界で一番貧しい」という称号をどう思いますか。

 「みんな誤解しているね。私が思う『貧しい人』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。でも私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」

貧困問題はそれ自体存在するけれど、欲が尽きない貧しさという指摘も大切だと思う。「もっともっと」ではなく、今の自分を認め、周りに感謝することが満足につながるだろう。

あれ、そうなると「昨日より今日、今日より明日に、より良い自分になるように」という教育主義はこれに反することに? また考えてみよう。
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by walk41 | 2016-04-29 08:41 | ことばのこと | Comments(0)

研究者と言われる人の仕事

尾木直樹という教育評論家で大学教授でもある人が、日本社会が子どもを大切にできていないのではないかと話をした記事を、今頃になって読んだ(朝日新聞、20160129)。記事は次のように終わっている。

…話の最後に、こう訴えた。「せめて教育のところだけは、命を大切にするよう守って下さい。子どもが夢や希望を抱けるよう、お願いします。お願いします」(氏岡真弓)

スキーバス事故でゼミ学生を失ったという立場でもあり、気の毒とは思う。それに引っ張られてもやむを得ない面もあるだろう。しかしながら、それらを斟酌しても、こうした発言を教授の名の下に行うことは、あまりに酷い。

この人には、事実を丁寧に分析し考察するという手続きが、決定的に足りない。その代わりにあるのは、自身の信念の吐露とこれにそぐわない出来事の糾弾だけである。このようなおよそ思考能力を欠いた人がなぜマスメディアに取り上げられるのかわからない。いや、日々起こるあれこれに思いつきのようなことを言う人が、珍重される世界がマスメディアなのかもしれない。

研究者を自認する人は、次のように考える。教育という名前のもとに命が大切にされていない状況とはどのようなことか。またそれはどのような仕掛けや解釈の結果として生じているのか。あるいは、そもそも「教育が命を大切にする」とはどういうことか、教育がもつ暴力性を鑑みたとき、それは成立する命題なのか、学校教育を経験することで助かっている命についてはどうか、といった問いを立てる。だけど、この人はきっと持ち得ていないのだろう、現実を不思議な謎として捉え、その解明に臨むという作法が。この人には研究者ではもとよりなく、むかし小浜逸郎が論じた「教育教」の信者と名付けるのがふさわしい。教育を疑い、多面的に考察する体力と気力をもたない、思考弱者である。

近い将来、この人の垂れ流したお喋りがどれほど悪影響を及ぼしたかの検証をする人が出てくることだろう。そして、事実に対して謙虚であること、すなわち、出来事を事実として解釈する自身の歪みをより認めるべきこと、自身の語りをドグマではなく批判されるべき余地を含みながら構成すべきこと、を後進は学ぶことになる。さらに、マスメディアの多くが実にいい加減なものだということも、より知られることになるだろう。
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by walk41 | 2016-04-27 11:51 | 研究のこと | Comments(0)

知らないことばかり

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4/10が教科書の日だったとは、いや、そもそも教科書の日というものがあるとは、実に恥ずかしながら知りませんでした。

こちらが知らなくても、教科書が作られ、児童・生徒たちに届けられているということ、当たり前に学校教育がなされているということ。もちろん、教科書検定のあり方や教科書の扱われ方に問題なしとしないけれど、よりわかりやすく、またなるべく楽しく教科書が作られ、学校で遣われているということ、感謝して惜しみないと思う。
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by walk41 | 2016-04-26 21:41 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

「つまづく」再考

京都市発行の市民しんぶん、しっかりと「つまづく」って書いてあるよ。「つまずく」じゃないとダメなんて、正解主義者は言うだろうけれど、かくもややこしいというお話。さっさと、学校教育的にもどちらでも構わない、ってしてくれないかな。いたずらなエネルギーの無駄遣いでしょ。

あれ、いたづら、無駄ずかい、は間違いなのかな?

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by walk41 | 2016-04-26 12:46 | ことばのこと | Comments(0)

初めて会った人に笑ってもらう

ある会誌で尋ねられた問い、「あなたのマイブームは?」これに「初めて会った人に笑ってもらう」って書いたの。

スーパーマーケットで買い物をする。財布を見ると小銭が多いので、お札と合わせて小銭をまとめて出す。いちいち数えるのが面倒という私のせいだけれど。すると何と親切なことに、こちらの受け取るお釣りが少なくなるように取ってくれる。「さすが、お金を扱うプロですね」と話しかけると、笑顔を見せて下さる。嬉しいなあ。

別のマーケットに行く。冷凍や冷蔵ものが多いためか、えらく寒い。レジスターで「寒くないですか」と話しかけると、「夏はこれでちょうどいいですから」と返ってくる。「まるで、がまん大会ですね」と言うと、けっこう笑って下さる。これで、寒くなくなるわけではないのだけれど。

こんな、ほんの小さなことだけれど、何気に笑えるような時間がいいんじゃないかなって思う。楽しい時間はその時が長く感じられるだけでなく、ちょっと良かったなと反芻できる分、より長く感じられるのではないかな。約めれば、笑えることは長生きでもある、ということではないかしら。
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by walk41 | 2016-04-25 21:22 | 笑いのこと | Comments(0)

お茶の子さいさい

スーパーで小学生中学年くらいかしら、女の子と母親が家庭用調理器具を手にとって話している。

「お母さん、これできる?」「そんなの、お茶の子さいさいだよ」「お茶の子?」

そんな声を聞きながら、「どうして、お茶の子さいさいっていうのかな」と改めて引いてみた。すると、お茶に添えられる簡単に食べられるお菓子、あるいは茶粥のことをお茶の子という地域では、朝飯前、という意味から生まれているとか。なるほど、面白いね。

また、こうして言葉が継承されていくさまも、興味深く思った。古風な言葉にも思えるけれど、伝えられる場合はこんなふうに起こるんだなって。
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by walk41 | 2016-04-24 08:29 | ことばのこと | Comments(0)

にぎり

どうもここでは、おにぎりのことを「にぎり」というらしい。にぎり60円、めし120円、とメニューが並んでいる。食べている人のを見ても、おにぎりだ。

自分の辞書では「にぎり」は寿司のこと、「ちらし寿司」と区別するために使う言葉かな。おにぎりとはまったくの別物。小さなことだけれど、面白いね。
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by walk41 | 2016-04-23 11:39 | ことばのこと | Comments(0)

いい季節になりました

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宮崎神宮内の森で見かけました。何という花なのか知りませんが、とても綺麗です。
鳥のさえずりも聞こえます。一本向こうは幹線ですが、森の生み出す空気にはすごいものがありますね。

皆さんにも、いい時間がいっそう流れますように。
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by walk41 | 2016-04-23 08:56 | Comments(0)

長生きするということ

長く生きるというと、物理的な時間の長さ、寿命が問題にされがちだ。また、自立して生活できる水準にある状態、健康寿命も同様である。

これに対して、時間の感覚という点で見ると、物理的には同じ時間を過ごしていても、それを短く感じるか、長く感じるかは人により、また同じ人でも状態によって様々だという指摘がある。

たとえば、年齢による時間間隔の違い、

『サイエンティフィック・アメリカン』誌にはこう記載されている。
「心理学者ウィリアム・ジェームズは1890年に著書『心理学原理』で、加齢とともに時間が加速するかのように思えるのは、大人になると記憶に残る出来事が減るからであると述べている」(https://gunosy.com/articles/RiJsH?utm_medium=email&utm_source=mynews_mail)
 
とのこと。出来事に慣れてしまい、そんなものと思うこと、「わかったつもり」は時間を短く感じさせるようだ。

くわえて、感情の状態も影響するという指摘もある。喜びは時間を長く感じさせるとか。怒りや悲しみについてはばらつきがあるらしい。

まだまだわからないことは多いけれど、世の中のことや自分のことを新鮮な眼で見るように努めること、また喜び多く過ごすことはヒントになりそうだね。

長生きするとは、必ずしも日々測定されている時間についてだけではない。今日も生きられたことを喜び、明日も生きられるだろうことを楽しみに過ごすこと。興味、関心と笑いのある時間を送ることが「長生き」になるんだろうなあと、改めて思わされる。
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by walk41 | 2016-04-22 08:57 | 身体 | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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