学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

社会科学者は苦悩しているか?

NHK「クローズアップ現代」(2012.1.19)は、大地震を予測できなかった地震学者の苦悩を描く。

ひるがえって、社会を捉えようとする社会科学者はどうだろうか。「望ましい姿」になっていない社会、たとえば学校教育の今のありさまに、自分たちの学問的水準が低いことを嘆いているだろうか。そして、学校の現実を説明できない未熟さに、学会の「敗北宣言」を表明しただろうか。

実際はそうではない。現実が「望ましい姿」になっていないのは、教職員の力量や努力が足りないためであり、あるいは文部科学省や教育委員会の施策が悪いためであり、さらには「格差社会」のもと保護者が無理解・非協力なためである。自分たちが現実を説明できず、そのため将来も予測できないことを責めはしない。

こうした自然科学と社会科学との基本的な違いは、次のように述べることができる。

自然科学が、観察-記述-説明-予測、という認識の段階を経るのに対して、社会科学は、はじめの観察で、①観察者の測定能力の限界と歪み、②観察対象の著しい変化、を避けられない。このために、すでに最初の段階で「不正確」であり、よってこれに続く、説明、予測という段階にはおよそ進むことができない。

学校教育に即せば、
①について。研究者や教員が捉えられる現実は、各々の「辞書」にもとづく学校、教室、児童・生徒であって、その視界の狭さ-広さ、精度の低さ-高さはまったく広い。ここには、顕微鏡や望遠鏡のような観察に必要な測定機器がほとんどなく、自分の眼で見た、耳で聴いた、手で触れたことに限られるという限界と、受け止める際の歪みが伴う。

たとえば、生徒が教員に挨拶しなかった様子を見たある研究者は、「生徒と教員との関係が悪い」と解釈するかもしれないが、別の研究者は「挨拶をしなくてもよいほどに、親しい関係なのだ」と捉える。挨拶をしたか、していないかは、視線、頭や腰の動きなど複数の変数の観察から判断されるが、観察者がこれらをすべて捉えるのは困難で偏りは避けがたい。また、挨拶は短い時間の出来事なので、観察者が見逃すことはもちろんあり得る。もれなく観察できるという前提に無理があるのだ。あるいは、把握の際に用いられる言葉はもっぱら修飾語や比喩であり、客観的なものはまずないから、語り手と聞き手の解釈の幅が相当に広い。

②について。観察対象は、児童・生徒や教職員という生きた存在で、くわえて観察者と同じ人間であるから、観察されていることに気づくと自身を変化させる。何度も教室に入り、観察者が「いることに気づかれない、電柱のようになるべき」とも言われるが、それはまったく容易なことではない。また、対象は観察されなくても日々変わっており、成長期の子どもたちではなおいっそうである。これらのため、そもそも「何を観察しているのか」をはっきりと述べることができない。

たとえば、保護者参観日の子どもや教師が普段とちょっと違っていることは当たり前であり、昨日の学級と今日の学級の雰囲気ががらっと変わることも十分にありうる。

かくして社会科学は、客観性や正確さという点で、観察-記述の段階を成功させられないので、これ以降である説明ができず、当然、予測にもつながらない。対象が観察されても変化しにくく、長期的に同じ状態を保つ客観的である、だからこそ再現性が前提にできる自然科学からすれば、社会に関する科学じたいが成立しない。つまり、教育科学も成立しない。

こうした基本特性を踏まえるならば、社会科学のできることは、観察した、記述した、説明できる、と意味を与えられる言説を反証し、批判すること。「そうではないのではないか」と常にデフォルト(初期値)に戻すことだろう。「あなたが思っているよりも、もっと自由に生きられる」と述べたM.フーコーの言葉のように、絶えず構築される意味世界を突き崩し、考え直す、やり直すきっかけを提供する点にあるのではないか、と今の私は考えている。

研究者に求められるのは、「中教審答申にあるように…を追求しなければならない」とか、「~によれば…が必要である」と虎の威を借る狐のように、自分の主義・主張を開陳することではなく、望ましい現実になっていないことを非難することでも決してない。

社会科学のできることは、誰もが解釈して作り上げてしまう意味世界を相対化するための、交通整理をすること。研究者は宗教家ではなく、道先案内人のようなものである。
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by walk41 | 2012-01-20 10:08 | 研究のこと | Comments(0)
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