学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

声で人を理解する

きょうのNHKニュース、アカデミー賞、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で第84回の主演女優賞を受賞した、メリル・ストリープさんがインタビューに応じる。

興味深く聴いた中でも、彼女がサッチャー元首相の声を1週間、テープで聴き続け、彼女の人となりを理解しようとしたという話が印象的だった。

子ども理解という場合、教職員とくに教員はどんなセンサーを働かせているのだろう。情報の圧倒的多くは視覚によるらしいから、「見た感じ」がやはり中心になるのだろうか。

「表情は嘘をつけない」という言い方があったかと思うが、「声」も同じように思う。子どもが帰ってから、あるいは家で、「あの子の今日の声は、どんな感じやったっけ」と振り返るのも、子ども理解の一つかなと感じたのだった。
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by walk41 | 2012-03-07 16:27 | 学校教育のあれこれ | Comments(4)
Commented by まさ at 2012-03-12 22:43 x
ひとりの子どもの表情を見て、声を聞いて、 日々との比較から瞬時に何かを感じとり対応できる教師とできない教師。その変化に気づかない、気づけない教師もいるように思います。そこには、教師一人ひとりの変化に気づくアンテナの感度が関係してくると思うのです。その感度を研ぎ澄まし高めることが研修などを通じて可能なのかなとも思います。もって生まれたパーソナリティーだと言ってしまうと議論が深まらないですし。
Commented by walk41 at 2012-03-13 05:29
コメントをありがとうございます。アンテナの感度をいかに捉えるかについて、閾値という概念を手がかりにすれば、誤解を招くかもしれないのですが、ある意味で「鈍感さ」も大切なように思うのです。あまり感度が良くても、子どもや同僚がくたびれてしまうこともあるのでは? いや、それは感度の問題ではなく、反応の問題でしょうか。赤瀬川原平の「老人力」に倣えば、小さなことを気にしないのも能力の一つではと思うのですが…。もっと考えたいテーマです。
Commented by まさ at 2012-03-13 18:46 x
 確かに閾値という概念を念頭におけば「鈍感さ」ということも大切なことかもしれません。ただ、3月12日付の提起を考えると、「鈍感さ」ゆえに多くのコストがかかってしまったとも思えるのです。アンテナの反応の良さにより、未来をよむことは難しいとはいえ、当たる確率が高くなる。つまり、危険を回避しやすくもなると考えるのです。反応の「敏感さと鈍感さ」というあい反するものとうまく付き合い、コントロール出来ることが教員にとっては重要な職能の一つかもしれないと考えています。
Commented by walk41 at 2012-03-14 16:31
なるほど。先日の例は、閾値が高すぎた故に、気づかなかったということかもしれないですね。失敗学の発想は、成功からではなく、失敗から学ぶことを鮮明に謳っているでしょうし、数日前の新聞にも、将棋の羽生名人が似たようなことを話していました。「今は、良い手を指すことを考えるのではなく、悪い手を指さないことを考えるべき」と。
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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