学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

気づき

NHK、あさイチ、ではDVを特集。主に夫からの暴力を取り上げている。

興味深かったのは、自分が暴力を受けていても、それが世に言うところのDVには該当するとは気づかないケースが、少なからずあるようだということ。

言葉による暴力や、所持品を捨てられるといった暴力を受けても、相手が悪いんじゃない、自分が悪いんだと思わされていると、問題だと思わなくなり、そのまま状況が悪化するということもあるそうだ。著しいのは、肉体的暴力までも受けていながら、DVだとは気づかない場合があるということ。これでは、いくらDV防止と啓発に取り組んでも効果は限られるかもしれない。

人間関係を前にすると人は、それが見えにくいゆえに、自分勝手な想像や推測をしてしまいがちなのだろう。見えやすい代物、明らかな場合には、それぞれの主観は抑制されるので。ここで、主観がほかの人にとっても「もっともらしさ」を持ちうるのなら、共同幻想と言われようとも、それなりに人間関係が成り立つ。あくまでも相手が受け入れる限りにおいてだけれど。

しかし、これが片方だけの思い込みに留まるときは、注意が必要だ。相手が自分と同じように思っている保証なしに、関わりを持とうとするチャレンジとなるから。思った通りに進んだらラッキーくらいに考えておかなければならない。

学校での教師と子どもとの関係も、生徒に対する教員の一方的な片思いとも表現できる。教育愛を抱くと、教師は「いい人」であるがゆえにいっそう「子どものため」を疑わなくなるけれど、当の子どもも、自分と同じくそうなりたい、そうされたいと思っているかどうかを考えるゆとり、気づきが必要なのだろう。

片思いでも構わないという「割り切り」とある種の「あきらめ」を持てることが、教員の一つの能力かもしれない。
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by walk41 | 2012-10-22 08:59 | 身体 | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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