畏れ
過日の研究発表会でも指導・助言者がそう話していたが、学校教育における「可視化」や「見える化」と聞くと、違和感を覚える。
これは、どんな子どもにしたいか、そのためにはいかなる手立てが有効か、実際にその手立てが講じられているかと、教育活動のサイクル("PDCA")を回していくことが大切という話に位置づくものだ。 そこで考えてほしい。小学校から高校までの12年間で1万回くらいの授業を受けているのに、子どもたちの記憶に残る授業ははたしていくつあるだろうか、と。自分の子ども時代を振り返って思うのは、授業の中身についてはほとんどなく、先生が怒り出したこと、泣いたこと、その他あれこれのハプニングがもっぱらで、「こんなふうに教えてもらったから、わかるようになった」などと思い出せるものはまずない。記憶の底に沈殿しているだけなのかもしれないけれど。 この一方、学校にそれなりの長さを通うと、ある結果を伴うとも考える。学校に行かなかったことを想像すれば、それなりの効果は十分にもたらされているだろう。ただしそれは、授業でこのように指導されたからとか、先生のあの一言に教えられたからというよりもむしろ、学校という場に身を置き、周りと自分を眺め、感じ、思うことがあった結果そうなるのであって、教育的な働きかけやましてや一回一回の授業を通じて何か直截的な影響を受けたと説明することは難しい。 自身のおぼろげな記憶でも、小学校の時に、どうして物語の段落に番号を振って、この段落とあの段落の関係について何時間も授業をしているのだろうと不思議に思ったことや、算盤教室に通っていたために学校の算数の時間が退屈で、教師の話を聞かず教科書の問題を先に解いていたこと、中学校の時に、理科の教師が「考察」と聞き慣れない言葉にえらくこだわって実験記録を書かせていたこと、美術の教師が何とかの一つ覚えのように「美術教育の目的は情操の涵養」と生徒に覚えさせていたこと(いま思えば、とんでもない話である)を思い出しはするものの、教師たちが期待しているような「成功話」はまず出てこない。 「それは余りに酷い先生たちに出遭ったのね」と慰められるかもしれないけれど、見方を変えれば、子どもとてそう素直に教えられる存在ではなく、一癖も二癖もあると当時の教師たちが見ており、その子なりに受け取るだろうと達観していたとも言えなくはない(ちょっと苦しい説明だけれど)。現に一人の「元子ども」は、そんな変化球のような記憶を持っているのだから。 教育したことが子どもの学びに直截的につながってほしい、と思うのは教育側としては当然だ。しかし、実際はおそらく、学校への登下校や教室の風景、クラスメートその他の生徒とのあれこれ、そして子どもなりに見ていた教職員の様子を通じて、何かしらを学ぶ、あるいは学ばないのである。「場が陶冶する」とは言えるだろう。 どうも大人になると子どもの頃を忘れてしまうのか、こうした学校生活の実際を踏まえない教育論が跋扈しているように思われてならない。とうの昔の話となった1971年、さまざまに論じられた中教審答申(「四六答申」)には、「自然と生命に対する愛と畏敬の念」とある。科学主義全盛の時代にあって、こうした表現は復古的と批判されもしたが、こんにちの「見える化」論は、どのように子どもが学ぶかは見えるのだから、それに適った実践をしなさいと、かつての議論をあっさりと通り過ぎているのだ(決して、乗り越えているのではない)の。 子ども自身もどのように学んでいるかがわからないのに、外から「学びが見える」なんて、その素朴さ、脳天気さを考えると、40年前に時計を戻して、今こそ畏敬の念をと強調するのも一興かもしれない。重ねて言おう。人間の学びを可視化などできない。その証拠に学び測定器の開発など、何のメドも立っていないではないか。にもかかわらず学んでいるように見えるのは、見た人の願望や思い込みといった主観である。それに客観性を与えることはできない。 学びは主体によってのみ構成され、意味づけられる。他者が「学んでいる」「いや学んでいない」などと言えるシロモノではないという当たり前のことを踏まえた、授業論や指導論が問われる。
by walk41
| 2012-11-15 20:28
| ことばのこと
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