学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

学生のレポートを読みながら(2)

前回に引き続き、学生の文章を引かせてもらいたい。

レポートの最後では、この授業の感想を求めたが、ある学生は次のような内容を記してきた。

「… 私がこの授業を受けたのは初めてではありません。…以前、教職課程を選択する上で必修科目だったので(別の授業者による授業を)受講していました。しかし、いざその授業に出てみると、教師が教科書を淡々と読んでいるだけ…言葉を発するときもボソボソと呟くような声で、正直何を言っているのか分かりませんでした。前の席で授業を受けても聞こえなかったので、「すみません、聞こえません」と伝えると、なぜか逆上され、すごく理不尽だと感じました。そんな中、学生は出席だけ取られたらそのまま帰ったり、出ていても寝ていたり、友だちと喋ったり笑ったり、教室内がいつもザワザワしていました。…初めは真面目に受けていた私も、この授業に出る意味があるのかと、段々と疑問を持つようになり、途中で辞めてしまいました。教師になる上で必要だからとりあえず出る、という考えにはどうしてもなれなかったのです…」

この後半、私が担当した授業が好対照に語られるのだが、それはこちらとしては嬉しい反面、こんな授業も今更ながらあるのだと驚き、暗い気持ちにもなった。

かくも、授業名、担当講師の履歴などを制御(入口管理)しても、実際にどんな授業になるかという過程はそれぞれに任せざるを得ないこと、また、どんな授業だったかも、教員採用率などは測定できても授業のあり方とは必ずしも対応しないから、その評価(出口管理)はきわめて難しいことがわかる。

この場合、何よりも残念なのは、学生たちがこの経験を通じて「大学の授業なんて」「教職の授業って」と否定的に捉えただろうことだ。一つの授業だけで評価すべきではないけれど、学生なりの受け止めを遮ることもできないから、「だから、大学って」と思われても仕方がない。

わかったようなことを言わせてもらおう。授業の基本は人間関係、ただしそれは、仲良くという意味ではなく、テーマに即した事柄をより知る、気づく、自分の見方や行動が変わるという、学生の喜びや楽しさに支えられるものである。そのための主導権はやはり授業者が握っていることを、心しなければならないと思う。
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by walk41 | 2013-01-15 20:14 | 授業のこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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