学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

問題は自分にある

テーマは「美しい日本語の心地よさ」(毎日新聞、20130714)とよく見かけるものだが、どうして眼差しが自分に向かないのだろうという好例と挙げてみる。

投稿主が言うに、「~なのかな」や「~とは思います」という断定を避けた言い方は耳障りで、「~と思いました」が「どれだけきれいな日本語でしょう」と。また、「~させていただきます」は「変な言葉を使い、耳障りです」だそうで、「~します」が「ずっと美しい日本語になると思います」だそうだ。

どんな御仁か想像もつかないが、なぜここまで小姑根性丸出しの「苦言」を呈さなければならないのか、さっぱりわからない。「させていただく」については、屋上屋を重ねる感があるので、そこまで言わずともとは個人的に思うけれど、いちいち目くじらを立てる必要があるだろうか。一つ目の指摘など、控えめで相手の見方を尊重した、ええ言葉やんとも解せるのに、この主は断定的でない表現はあかんそうや、なんでかな、変なん。断定が大切、ちゅうやったら、「~美しい日本語になると思います」なんてまどろっこしい言い方せんで、「美しい日本語になります」と言い切ったらええのに、中途半端や。

むしろ、奇しくも自身で述べているように「耳障り」と感じる自分の頭の中の辞書を確かめることで、ずいぶんと救われると見るべきだろう。気にしなければ気にならない、なのにどうして気になるのかという自分の問題をである。「正しい」-「正しくない」という分類ができる、言葉は「正しく」なければならない、と思い込んでいる自分についての考察が必要である。

言葉は世に連れ、歌に連れ、日々更新されているのに、勝手に「美しい日本語」を作り上げて、その基準から外れるものを攻撃する、こうした「頭の悪さ」(ごめんなさいね、下品な表現で)を半世紀以上も生きた人間から示されると、げんなりする。これまで何しとったんや、って突っ込みたくなる。

ちなみに、この主が書かれた「変な言葉を使い、」について。「正しい日本語」では、「使い」は機械や道具に対してであり、言葉は操るものだから「遣い」が慣用表現としては正しいからね。投稿主には、自分が正しく言葉を遣えている、という勘違いからまず脱してほしいけれど、まあわかってもらえへんやろうなあ。
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by walk41 | 2013-07-15 12:22 | ことばのこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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