学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und Schulmitglieder

錯視

同じ長さの棒なのに、両はしに付ける矢印が外側に向けたものと、内側に向けたものを並べると同じ長さには見えない。こんな視覚の勘違い、錯視が生じることはよく知られているけれど、これが学校や児童生徒を見つめる眼差しについても当てはまることは、ほとんど考慮されていないように思う。

学生がボランティアとして関わったある小学校は、とても真面目な子どもが多く、傍目には何の問題もないとも思われるのに、教職員は「もっとちゃんと」と、挨拶やら靴揃えやらに躍起になり、わずかな遅れでも遅刻、服装の乱れと「指導」に懸命ならしい。あ〜あ。

「事実は社会的に作り出される」という話をするときに、専有離脱物横領罪(自転車泥棒など)の発生件数の経年比較を取り上げる。学生運動を始め世の中が「熱い」時代、自転車が取られることに関心を向けることは少なく、また警察も対応に手をかけられなかっただろう。自転車泥棒がいたとしても、それが注目されなければ事実がなかったと見なされる、という話である。

みんなが「いい子」になれば、それまでは問題にならなかった子が指導の対象になる。その反対が起これば、多少の問題も注目されなくなる。「それどころではない」からだ。これを「それどころである」と言い換えれば、微細なことでも問題になる。つまり、問題とはかくも相対的である。

こんな認識上の歪みを踏まえるならば、「問題行動」あるいは「学んでいる姿」なるものが、いかにいい加減なラベリングかもわかるだろう。他との比較から生まれる(しかも、その際の軸はすぐれて恣意的である)認識の癖を知ってか知らずか、「わかったような物言い」に注意しすぎることはないと思う。
[PR]
by walk41 | 2013-08-20 06:49 | 身体 | Comments(0)
<< ザル法 「~すべき」と言ってはいけない >>



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
はじめまして、香菜子とい..
by 無力な教育者香菜子先生 at 13:53
お久しぶりです。お元気で..
by walk41 at 18:20
こんにちは。全くその通り..
by じゅくせんまさや at 15:08
「教え子を戦場に送るな」..
by Koji at 12:50
じゅくせんまさやさま、 ..
by walk41 at 05:02
いつも楽しみに拝読してい..
by じゅくせんまさや at 19:06
教員の労働時間は確かにブ..
by Koji at 22:22
大学は学校教育法上「学校..
by 回答者(仮名) at 17:35
施設管理のスペシャリスト..
by Kazuki KONAKA at 15:53
初めまして。 昨日子供..
by まさに。 at 10:33
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
通りに石を敷くプロ St..
at 2018-09-22 22:53
マニキュア Manicure
at 2018-09-22 22:24
浴槽との付き合い方 Gew..
at 2018-09-22 21:49
丁寧さはいかに身につくか ..
at 2018-09-22 04:45
教員の服装 Kleidun..
at 2018-09-22 03:57
上履き innere Sch..
at 2018-09-22 03:49
これではいい教材とは言えない..
at 2018-09-22 03:44
挙手 Hand hoch ..
at 2018-09-20 21:05
時間切れ? wegen d..
at 2018-09-19 18:19
ビール Bier
at 2018-09-19 14:48
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧