人気ブログランキング |

学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

学校教育に理論はない

学部生への授業で取り上げる。理論と論理はどう違うか、と。

理論は「神の観照」とも言われるように、絶対的なこと、間違いのないこと、これに対して、論理は、複数の事実の関係を説明しようとする際につけようとする道筋のあり方だ。

地球上でコインを手から話したら、間違いなく下に落ちる(正確には、地球の中心に向かって引っ張られる)。これに例外はないから、この現象を説明することは理論的と言いうる。

これに対して、学校教育の出来事は、矛盾することが日常茶飯で、「前にこうやったら上手くいったのに、今回はダメだ」「あんな子だと思っていたけれど、予想外な活躍をした」といったことが毎日のように起こる。かくも、「こうやったらいい」とか「このように子どもを見取る」といった理論を志向する発想は役に立たない。毎回のように予想が裏切られる。論理にとどまらず理論になりえる事実が存在しないからだ。

残されるところ、学校教育で可能な議論は、論理の世界となる。何と何を結びつけて説明を試みているのか、を解剖、分析することで、その論理的特性を明らかにすること、もって、それ以外の論理を提示することで、異なる理解、さらには実践にも賭けることができる。

「矛盾しているのではないか」との意見はもっともだ。だって、矛盾する複数の論理を作ることができるのだから。「好きこそものの上手なれ」とも「下手の横好き」とも言うように。あるいは「はじめ良ければすべて良し」とも「人間万事塞翁が馬」とも、さらには、「渡る世間に鬼はなし」とも「人を見たら泥棒と思え」とも言うように。いずれも正しい。一つだけが正しいという大いなる勘違いから離れることが、より自由に生きる一つの術である。

今日の授業に参加した学生の感想は次のようだった。「確かに教育現場においては、『こうすれば子ども達にとって一番効果がある』という教え方は必ずしも一つに限られることではなく、その時、その場所、その集団に応じて変わってきますし、その分、こんなやり方もあるとたくさん思案していくことが、大切だと思いましたし、そういった自由な発想から生み出されることが、たくさんあるのだろうと考えました」「学校教育は理論ではなく論理の世界、ということを理解して物事を考えていくと、確かに学校教育に正解はないし、ケースバイケースであると強く感じられた。固定観念をまず払って学んでいきたい」「教育は論理の世界だから、一つの問題を解決したと思っても、また新たな問題が出てくる、そういう世界なのかなと。そのことを考えると教師というのは、とても大変な仕事だけれど、常に新しいことがあるという点においては、楽しい仕事だと思った」「何か絶対こうであるということがないかどうかを考えると、どれにでも落とし穴があり、当てはまらないものが出てきておもしろいなと」。

みなさんは学校教育における理論と論理について、どのようにお考えになるだろうか。
by walk41 | 2013-10-08 13:08 | ことばのこと | Comments(0)
<< 予想したのと違うなあ かくも「やらせ」なのだから >>



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
よなすさん 興味深..
by walk41 at 14:59
さかきばら先生こんにちは..
by よなす at 16:00
さかきばらせんせい、 ..
by よなす at 03:15
ポッピーママさま、 ..
by walk41 at 18:07
ちなみに、中国語では、ケ..
by ポッピーママ at 15:08
さかきばら先生、 いつ..
by よなす at 00:05
よなすさんへ、いつもコメ..
by walk41 at 13:37
さかきばらせんせい、こん..
by よなす at 01:11
よなすさんへ コメ..
by walk41 at 09:40
さかきばら先生こんにちは..
by よなす at 03:01
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧