学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

具体と抽象のことば

日頃、学校教育について、学生や教員に説明を試みる生活をしているが、別の分野で自分が説明される立場になったときに、「なるほど、そう言われればよくわかる」と思う瞬間が、時折ある。

これと反対に、「よくわからない」「腑に落ちない」と思うのは、説明されることが自分のイメージできるものに繋がらない時だろうか。これを繰り返されても、つまり同じ言い方を続けられても、よくわからないのだ。

伝えられるべきことが具体的であれば、そこで自分のイメージできるのは自分の経験にもとづくから、その経験がなければなかなか思い浮かばないのが常だろう。平田オリザ『わかりあえないことから』にも、ロシアなどでお茶の湯を沸かすための金属製の容器「サモワール」を見たことのない俳優が、これを台詞にする難しさ、という話があった。

だから、具体的な話をする場合には、それぞれの生活経験を推し量りながら述べることが大切と導ける。昨年のある小学校で、算数の時間に「水だったら5デシリットルを飲むのは大変だけど、ビールならいくらでも飲めるぞ」と説明した教員を見たことがあるが、小学校中学年の児童に、ビールの飲みごこちはどれほど伝わっただろうか。

これに対して高等教育では、必ずしも経験に裏打ちされない抽象的な議論も登場する。この場合は、基本的な定義を理解した上で参加してもらうことになるだろう。この点で、個人的には、大学入試に出てくるような英語の勉強を高校生が励むことには大いに賛成だ。あれくらいの抽象度の言葉を英語と日本語で獲得せず、どのように大学で学修できるというのだろうか。たとえば、あいうえお順で言えば、愛情、威厳、運命、演説、応用、といった言葉を獲得することで、新しい世界に入ることができるだろう。

つまり、具体を伝えるには聞き手の経験をどれだけ踏まえられるか、抽象でやりとりするには、聞き手の抽象言語の獲得を調べつつ、またこれを補う具体を語り手が持ち得るかどうか、を確かめつつということになる。具体と抽象の往復が大切とは、高等教育でつとに強調されることだが、その一番に大学教員がこれに秀でていなければならない、と改めて感じた日だった。
by walk41 | 2013-10-11 20:13 | ことばのこと | Comments(0)
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