学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

実践的研究ならば…

小学校にうかがったり、義務教育教員とくに小学校教員に対して教育センターなどで話す機会に、次のようなことを言うとけっこう驚かれる。こちらとしては、驚かれることに驚くのだけれど(>_<)。

小学校から次のような報告がされる。たとえば、「時間を守らせるために、班でみんなが席に着いているかチェックさせることを徹底すると、ベル着100%ができるようになった」と。そして、「だから、この方法は有効だ」と。

ちょっと待ったあ。この論理は、そうしなかった場合に予想した結果が起こらなかったことを合わせて初めて、「こうしたら、ねらいが達成できる」と立論できることを等閑視している。つまり、そうしなくても、ねらうような効果が達成されるかもしれないという論理的余地を残したまま、話を進めているのである。

「~したら、~となった」と主張するためには、「~しなかったら、~とならなかった」ということとセットで述べなければならない。そうでなければ、どっちにしても「~となった」かもしれない、という主張を排除できない。すなわち、意味のある論理となりえない。

なのに、学校で「研究」と称されるものはまず間違いなく、片方しか見ておらず、もう一方を取り上げていない。したがって、この手続きでは実証されたと言えない。にもかかわらず、なぜか「成果と課題」と「研究」は終わってしまう。

はなはだ失礼ながら、こんなことを繰り返しているので、いつまで経っても新しいことは見つからない。「注意を徹底したら、従う」とか「きれいなノートを取らせるための、チェック項目を作る」といったことに明け暮れる。そんなとりまとめ役の研究主任に誰もなりたくないのは当然である。

つまるところ、論理力の面で教員の「学力向上」が必要なこと、また、「やりたくないけど仕方がない」と諦めがちな教員の「関心・意欲」をいかに高めるかが学校管理職や教育委員会の課題として問われること、を導けるのではないだろうか。
by walk41 | 2013-10-23 10:51 | 研究のこと | Comments(0)
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