学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

極めるつもりがあるの?

研究関係の集まりに出席した。

報告者からの発表を聴いたあとの議論の時間、ある年配の人の手が挙がった。その趣旨は、「こうした活動をなさってきて、その効果というか、結果についてはどのように見られていますか。それが示されなければならないのでは」。

思わず、「冗談言わんといて」、って声を上げそうになったわ。「本気でそんなことができると思って発言してるん?」って。

学校にとって不可欠だが、学校教育の理念や目標に従うとは限らない、百歩譲って協力的かどうかすらわからない、児童・生徒の存在を抜きに語れないのが、学校教育の特徴である。くわえて昨今は、「学び論」が文部科学省以下、喧伝され、児童・生徒の主体性が全面的に認められているのがトレンドだ。教員についても「学び続ける教師」と言われているのだから、その結果がどうなるかは彼らに委ねられていると見るのが論理的だろう。

よしんば、時代の思潮が「学び」偏重でなくとも、そもそも教育の結果を個人レベルでつかまえるなど無理な話である。教育を受けたことは何より、自分なりの再構成-納得、妥協、合理化を通じて内面化されるのであり、どのように教えたかが直截的に影響する訳ではない。ましてや、この報告での対象は学校教員である。彼らがいずれの意味でも、おしなべて「素直」でないことは明らかだろう。

こんなことは、何十年とこの分野の勉強をしてきた人間ならば踏まえておくべき点で、その歳になって何を言っているのかと呆れる。はたして、教育と学習の違いを理解していないのか、事実がどうであろうとも「べき論」を述べることが「研究者」らしいと勘違いしているのか、はたまた、何げなくお喋りをしたいだけなのか、いずれにせよ、嘆かわしいことに変わりはない。

自戒を込めて思う。問いに答えられるかどうかを見極める気概もなく、「ないものねだり」に自覚的であるかどうかすらもよくわからないような言動は、「教授」という肩書きの人間に似つかわしくないことを。より良い観察眼を持つための怒りも不満もなく、のんべんだらりと過ごしていることを露呈するなど、不細工なことは止めるべきということを。
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by walk41 | 2014-04-20 00:20 | 研究のこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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