学会でおしゃべりをしていたところ盛り上がり、私が「だから、威張る人は嫌やの」と話したところ、ある人が「研究は、権威主義と戦うためのもの」と話されたのを、我が意を得たりと強く思ったのだ。
権威主義とは、実体のないものをあたかもそれがあるかのように振る舞う様だ。これに対して研究とは、どのような実体なのかを明らかにすることを通じて、ともすれば権威主義に陥りがちな世界に異議を唱えること、そこに研究の意義がある、と聞いた。
特に教育や学習について議論することは、ちょうど見えないものをあたかもそれが存在するかのようにふるまうことでもあるので、権威主義にすっぽりとハマる格好になる。これに対して観察や回顧あるいは社会調査などを通じて、その実体に迫ろうとすることが、権威主義を批判し、そのベールを剥がすことになるのだ。
なんとなくそのように思ってしまう、なんとなくそんな風に行動してしまう、こうした感覚や論理、さらには行動様式を振り返り、違う理解に努めようとすること、それが研究の悩ましく魅力的、そして勇気を要する点かと思う。