学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

メッセージの発信と受信

年度末、人前で挨拶する機会が少なくない。

メッセージを発する側としては、相手の様子をできるだけうかがい、より伝わるように努めているけれど、それがどのように受けとめられているかは、なかなかわからない。むしろ、目に入った否定的な(そのように見える)振る舞いに心を奪われてしまい、挨拶のあと、ちょっと落ち込むことがある。

このことは、授業評価に関しても当てはまることだ。授業者としては、「良かった」「学ぶことが多かった」「楽しくできた」といった、授業評価での肯定的な回答よりも、「難しくてわかりにくかった」「まとまりがなかった」といった(授業者からすれば「学生にまとまっているかどうか、どうやってわかるんや」と毒づきたくなるものも含めて)否定的な回答に目が行ってしまう。たとえ、100人の学生中、たとえば後者が3人だったとしてもである。自分の中で、肯定的な評価がすっかり消え去ってしまう。

けれど、その後の何かの際に「いい話でした」「あのお話は心に染みました」と伝えられると、嬉しさもさることながら、「えっ、そんな風にも受け止められていたのか」と驚いてしまう。「みんなにしっかりと伝わったと思います」とまで言われると、立場上、多少のヨイショはあるにしても、「そうかあ、よかったなあ」と、先ほどまでのガッカリが飛んでしまうかのようである。

一対多という状況でのメッセージは、一対一、数人といった状況とは違うから、受け止めの様子を正確に捉えるのはいっそう難しいとは言え、発信と受信の間のずれはいずれの場合でも前提にしてよいかと思う。だから、教員がまま児童・生徒に言う、「それはさっき言ったでしょ」とか「何回言ったらわかるの」といった、発信すれば自動的に受信されるかのように勘違いしている場面に出くわすと、いたく残念に思うのだ。

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by walk41 | 2018-03-20 14:19 | 身体 | Comments(0)
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