学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

ハラスメント再考

世ではいろいろなハラスメントが叫ばれ、おしなべて権力や権限が上位の者による、下位の者に対するハラスメント(嫌がらせ)と解されているように思う。いわゆるパワーハラスメントである。

このことを認めない訳では決してない。上司から部下への、教員から児童・生徒・学生といったハラスメントは現にあるし、また今後もありうる点で大いに問題にしてよい。その理由は理不尽(いわれなき行為)だからだ。

ならば、部下から上司への、児童・生徒・学生から教員に対するハラスメントも、同じように理不尽なこととして、あり得ると見るべきではないだろうか。たとえば、職場で部下(といっても、学校では垂直的な階層理解がなされない面があり、それほど部下なわけでもない場合がある)による上司に対する暴言は、ハラスメントではないのか。

上司に当たる立場の者は、往々にして我慢を強いられ(つまり、我慢して)、公的な問題になることは珍しい。「上の立場たるもの、こうしたことでハラスメントと騒ぐのは、大人げないし、またそうした部下を抱えていることが自身の監督責任を問われかねないことになる」と考えるからだろう。このことで上司役が声を大にするのは稀かと思われる。なんといっても、格好悪いからだ。

けれど、上司役の立場がこうして黙っていることを受けて、部下役の立場が暴言を吐くといったことが認められていてよい訳ではない。部下役といえども、それなりの職責を負っており、それを全うすべく全神経を傾注することが求められている。それが能力的か環境的な理由かはさておき、十分にその役割を果たせないときに、叱責されたり、厳しい励ましを受けることはあり得るだろう。これに対する非反省的な態度は認められるのだろうか。あるいは、そうした指摘すらないにもかかわらず、自身のマネジメントができずに、いわゆる暴発したり、八つ当たりするといった行為が、上司役よりは重みが少ない立場ゆえの「気軽さ」で行われるとすれば、それは組織にとって悲劇である。こうした場が生じることの責任はどこにあるというのだろうか。上司役だけに帰属させられる訳では決してないだろう。

ハラスメントは、嫌がらせという意味である、だから、上位から下位に対することがより多くありうるが、だからといって、その逆が皆無な訳ではない。下位から上位に対する理不尽もありうることを踏まえて、この言葉を用いる必要があると強く思う。



by walk41 | 2018-04-04 22:14 | 身体 | Comments(0)
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榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
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