学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

授業者と児童の「変身」

学生たちと話をする。研究授業、公開授業ってどんな授業改善に役に立つ、つまり日常の延長上にあるものなんだろうかって。

これに対する元児童たちの経験は次のようだった。「その授業の前の時間までは、ジャージ姿だったのに、その時間にはスーツ姿になっていた。」「前の時間までネクタイをしていなかったのに、ネクタイをしていた。」「午後にあった授業の直前の掃除、いつもより丁寧にしていた。」「いつもは板書で済ませるのに、その日は色画用紙に予め書いてあるものをマグネットで、しかも一度しか使わないような磁石をセロテープで貼り付けてあるもので授業をした。」

どうだろう。教員の変身ぶりをよく見ているではないだろうか。また、児童も変身を余儀なくされたようだ。「後ろに座っていたら、参観者が自分のノートをのぞき込んだので、ちゃんと書かんとあかんなと思って、いつもより丁寧に書いた」「何、書いてんのん?、なんでこう思ったん?と尋ねられたので、思ったことを答えた。」

いずれも、普段の授業ではないような変身ぶりがうかがわれるではないか。来客へのマナーゆえと言えなくもないけれど、ならば、「ようこそ、お越し下さいました。今から、ぜひご覧いただきたく授業をしますので、ごゆるりとご鑑賞ください」と口上を述べればいいのに、それもなく、それどころか、参加者をまるで見えない、透明人間かのように扱う授業すらある。「いつもの授業」を仮構しているからこそ起こる、不思議な光景である。

見せるならば、ちゃんと見せる格好をとってほしい。舞台での芝居や演奏のように。また、そうでないのならば、刑事物のドラマに出てくるような容疑者の顔改めのように、一方向からしか見えないようなガラス越しに見てもらいたい。こんなふうに、どっちつかずの中途半端な「公開」授業。いい加減になんとかならないものだろうか。



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by walk41 | 2018-05-13 17:54 | 授業のこと | Comments(0)
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教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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