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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

冗談じゃない idiotisch

私を含めて、誰もが気軽に世界中に発信できる環境が整ってきたから、大して調べもしないで、わかったかのように断言する輩が現れるのは分からなくもない。けれど、クロス・リファレンスをせずに、自分の経験があたかも一般的かのような書くさまには、まったく辟易する。

たとえば、『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』という本を宣伝する記事がある(http://young-germany.jp/2018/11/ドイツで学んだ、心にゆとりを持つための工夫/)。ベルリンに暮らすという筆者が曰く、日本での生活と違って、赤信号になりそうな時に走らないこと、次の青になるまで待つような姿勢を、ドイツでの暮らしから学んだという。

冗談ではない。私は南ドイツの辺りしか知らないが、ドイツの歩行者用信号が歩行者をゆったり待たせる代物ではないというのは最大公約数のことかと思う。歩行者用信号が青になる、その瞬間から歩き始めているのに、道路の4分の3くらいで信号はもう赤に変わるから、急いで渡らなければクルマにはねられることになる。およそ、ゆっくりと歩いてなどいられない。

また、場所によっては、青からいきなり赤に変わる、つまり、日本の多くの信号と違って、点滅信号の間がないから、心の余裕を持つことができない、とても慌ただしいのが歩行者の多くだろうと想像する。次の青信号を待っても、急がなくてはいけないことに変わりはない。なお、夜も遅くなると、歩行者が少なくなる故だろうか、歩行者用信号が消えて真っ暗になることもある。クルマが歩行者用信号を顧慮する必要がないから、そこを渡るには、けっこう勇気が必要だ。青信号を待っていても、夜明けまでそんな場面にはならない。のんびりするなど、どこの話だということになる。

あるいは、ドイツ鉄道の大変な状況にも見られるように、鉄道とくに長距離鉄道はまったく当てにならないほど、遅延、運行取りやめが当たり前だから、のんびり過ごそうなどと思わなくても、目的地にいつ着くかわからないけれど諦めようと、のんびりを強要されるのが現実である。自分で選んで、のんびり行こうではない。そうは望んでいない多くの乗客の意に反して、のんびり(気持ちはそれに大いに反して)せざるを得ないのだ。ドイツ鉄道の体たらくを揶揄する、たとえば次の動画を見ればよい。https://youtu.be/wXjhszy2f9w この動画の中で、ある乗客はドイツ鉄道の酷い運行のさまを「犯罪的だ」(kriminell)と憤っている。

その他でも、配線工事ひとつの約束を果たしてもらうのに3週間を待たされ、やっと来たかと思ったテクニシャンは、これでは工事ができないと途中で帰ってしまった。仕方なく契約した店に再度行けば、来週以降にまた来てくれという始末だ。重ねて言うが、のんびりしようと思うのではない。否応なしにのんびり、いや正確には我慢強くならないければいけないということである。

にもかかわらず、ドイツ万歳かのような類は、私の想像するに、日本でよほど慌ただしい生活を送り、ドイツに来て、そうではない面に出会うと「やっぱりドイツは違う」と、自分勝手な思い込みを合理化しているのだろう。

ドイツ大好きが高じた「ドイツ万歳」は、ドイツへの空間的、言語的距離のあることを利用した、つまり、多くの人がよく知らない、馴染みのないことを利用した、姑息な手段である。こうした多くの人に伝える上でも、適切にドイツを評価することが重要であり、そのためには丁寧に事実を見ること、自分の用いる言葉により批判的なことが不可欠だ。

たとえば、ドイツに住んでいる人だからといって、ドイツ人とは限らない。https://www.bz-berlin.de/berlin/jeder-vierte-berliner-ist-ein-auslaender 2018.4.28記事によれば、ベルリンに住む25%、4人に1人はドイツ国籍を有していない。この筆者は、ドイツ人という言葉をいったいどんな意味で遣っているのだろう。私がいま住む街でも、7人に1人は外国人、国籍は115ヶ国に及ぶ。https://www.schwaebische.de/landkreis/landkreis-ravensburg/ravensburg_artikel,-jeder-siebte-ravensburger-ist-ein-ausländer-_arid,10828265.html 街で誰かと会ったからといって、ドイツ人である保証はまったくない。こんなことは、現在のドイツで常識に属する事項かと思うのだが。日本も次第にこうなるだろう。「日本に住む人は日本人、なんて思っていた時代もあったね」と。

こうした怪しい本、観光客の誘致を狙っているのか、出版社もこんな文言で紙を無駄遣いするのはやめてもらいたい。誠に罪作りなことである。



by walk41 | 2018-11-26 08:29 | ドイツのこと | Comments(2)
Commented by よなす at 2018-11-30 00:02 x
いつも興味深く拝読しています。
この手の記事は、ぼくもよく目にすることがあります。ドイツのどこかに住んでいると言うだけで、あたかもドイツ専門家かのように語るというものです。誰にとっても、多くの場合、一部しか切り取ることができないにもかかわらず、あたかも全てを知っているかのように話してしまうことは、罪なことですね。
ただ、ぼくはこういった見方をする人の世界そのものが狭く、自分の知らない世界があることにさえ気づいていないのかもしれないとも思います。だから、こうした記事に出会うと少し悲しく感じます。せっかくひろい世界に身を置いているのに、「良いところ」はたまた「ユートピア」と決め付けてしまっては、つまらないだろうなあと思うのです。
ぼくもいまドイツに住んでいますが、腹立たしいことやうまくいかないことばかりのドイツです。(たまに楽しいこともあります)ドイツで人がよく使うschadeという言葉を長らくゴメンナサイと謝っているのだと思っていたくらいです。
すみません。すっかり話が外れてしまいましたが、いつも楽しみにしています。
Commented by walk41 at 2018-11-30 18:37
よなすさんへ、コメントをありがとうございます。

ドイツといっても十把一絡げにはできないかもしれませんが、場所を違えて似たようなことを複数回経験すると、曖昧ではあるのですが、「まあ、こんな感じなのかな」と思ってしまいます。昨日も、家人と話をしながら横断歩道を渡っていたら、青信号を待って歩き始めたのに、途中で赤になり、走りました。横断歩道は、気合いを入れて渡らねばなりません。よなすさんの所はいかがでしょうか。私が思うに、細やかな配慮が乏しく、自立した生活をより求める色合いが強いのでしょう。個人主義的といって良いかもしれません。

良くも悪くも、コンビニエンスストアに例示される「いつでも、どこでも」サービス受けられる仕組みにはなっていなこと、しかもドイツ鉄道のように、時刻表が発表されているにもかかわらずサービスが受けられないことが日常茶飯事な状況なので、繰り返しになりますが「のんびり暮らせる」のではなく、否応なしに「のんびり暮らすことにならざるを得ない」と言っても過言ではないと思います。

閉店5分前にはスタッフが店を後にするような「働く人に優しい」状況は、顧客には嬉しくありませんが、過労死が報告されるよりはマシとも言えますね。どちらにも快適な状況はいかに作り出せるのでしょうか。よなすさんのお知恵も借りることができればと願います。

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榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
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