人気ブログランキング | 話題のタグを見る

学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

ゲマインシャフトという言葉 Bedeutung der Gemeinschaft

ドイツの社会学者、F. テンニエス(1855-1936)の分類、ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)に拠れば、前者は血縁や友人といった情緒的な結びつきが強い社会を指し、後者は会社や国家といった利益や機能上の結びつきが強い社会を指す。どのような社会であれ、この両者の間のどこかに位置付けることができるだろう点で、すぐれた説明モデルだ。

さて、日本の学校教育では「学びの共同体」と称して、授業づくりや学級経営を進めようという人たちがいる。あるいは、「一人の百歩よりも百人の一歩」「みんなで進む」といった集団主義的な発想もあまねく見られる。けれど、これはイメージ戦略とも言うべき物言いで、理解のミスリードを誘いかねない(そして、おそらく既に誘っている)、いわばズルい言葉遣いである。

なぜなら、テンニエスの分類にもとづけば、学校や学級は、個々の児童・生徒の広い意味での学力獲得を目指す機能的な場所であり、友情を育む、共感して涙を流すといったことは、あくまでも副産物だからである。もし、人工的組織としての学校でゲマインシャフト(共同社会)の性格を強めたいのなら、基本的に同一年齢の人間で学級や学年を編成するのは間違っており、高齢、壮年、青年、子どもと多様であってこそ可能である。もちろん、いわゆる健常者と障碍者、「外国人」などの存在も重要だ。それぞれの得手と不得手を活かし補いあってこそ、助け合いと信頼を育む基盤を築くことができる。

学級ー学年制および教科を軸にした教育課程(内容・方法・時間数)の仕掛けで、投下される資源を最大限に活用して学力獲得を目指す学校は、明らかに利益志向、機能重視の機関である。たとえ盛り上がっていても、時間を気にして授業は次に移らなければならないし、一緒に勉強しても最後の評価は個々に返される。「みんなを代表してテストを受ける」とか「班で協力してテスト問題を解く」ことが許されないのだから。

にもかかわらず、目標や効率を無視しかねないゲマインシャフト的(共同社会的)な姿こそ望ましい学校だと論じるのは、現実を超えて錯覚や幻覚を求める宗教的色彩を帯びている。くわえて、ユートピアとして夢想するだけならまだしも、ゲマインシャフト的ではない状態を指弾するに至っては、認知の錯誤も甚だしい。

けれど、倒錯していることに気づかない、気づきたくない「迷える子羊」は「神様」に帰依しようとする。近代人として求められる主体性の放棄である。そこでは、事実に即して説明を試みるという科学的精神が忘れられ、「こうあるべき」と規範論が先行して、これにそぐわない事実を批判する。ガリレオが地動説を唱えたがゆえに、カトリック教会から聖書に反すると終身刑を命じられた過ちを、繰り返すことになる。学校がゲゼルシャフト的に設計されているのにそれを認めず、ゲマインシャフト的であるべきと唱えることは、自身の信念や信条を事実に優位させる「頭でっかち」「机上の空論」である。

ちなみに、現在のドイツ語のゲマインシャフトGemeinschaft は、「共同体」とは異なる意味でも用いられている。Sportgemeinschaft はスポーツ協会、Gemeinschaftsküche は共同キッチンなど、共通利益の擁護と追求をするための繋がりをも指しており、この点ではゲゼルシャフト的でもある。つまるところ、学校「共同体」論は、学校がゲゼルシャフトとしてデザインされていること、そして、ゲマインシャフト自体にゲゼルシャフト的要素が含まれうることのいずれも軽視、看過する点で、議論に耐えない言説である。



by walk41 | 2019-01-01 13:52 | ことばのこと | Comments(0)
<< 大晦日の花火のあと nach... プレパラート Präparat >>



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
フォロー中のブログ
最新のコメント
共著論文、掲載&公刊され..
by 土肥いつき at 18:24
yoralyさま、はじめ..
by walk41 at 14:51
Hanna Arendt..
by yoraly at 18:58
はんすさま コメン..
by walk41 at 15:50
さかきばら先生、こんにち..
by はんす★ at 12:22
堀口くん、お久しぶりです..
by walk41 at 20:31
生徒の感情としては関係性..
by 堀口渉 at 00:33
さすらいの教師さま ..
by walk41 at 15:34
こういった事例を聞くに(..
by さすらいの教師 at 09:48
本ブログを拝読する中で、..
by さすらいの教師 at 10:27
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
わかりにくい
at 2024-03-11 20:15
人類
at 2024-03-09 07:42
トランプ
at 2024-02-29 17:15
それぞれの学校
at 2024-02-27 08:28
「教員不足」とその対応
at 2024-02-22 07:31
fight-or-fligh..
at 2024-02-18 09:32
仰げば尊し
at 2024-02-15 15:51
誰にもどこでも承認される生徒..
at 2024-02-11 16:21
勘違いを生みかねない教育議論..
at 2024-02-11 14:36
学校で団結を求められたのは当..
at 2024-02-11 14:22
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧