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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

公共性は「マナー」だけの話ではない Oeffentlichkeit bedeutet nicht nur Sitte, sondern auch Gewohnheit,Gerechtigkeit

公共性について授業で話す。その後の学生の感想の多くは、様々な公共性を想定することができることに気づいたというものだが、教育系大学ゆえかどうかはわからないが、「公共のマナーを守っていくべき」といった不十分な理解も見られる。

公共性とは、その世界で了解され公認された、発想、仕組み、行為を包括している。そこには、「公共のマナー」ももちろん含まれるが、それは「お行儀良くしましょう」といった話に留まるものではない。

たとえば、入れ墨(タトゥー)という作法は、公共性とどんな関係にあるだろうか。身体に意図的に傷をつけることを良しとしない公共にあっては、これは忌むべきことであり、入れ墨をしている人は「危ない人」と排除される。あるいは、何も問題にならない公共もありうるし、反対に、身体表現として奨励される公共であれば、入れ墨をしていないことが「危ない人」となり、冷たい視線を浴びることになる。

あるいは、ホモセクシュアリティを認めない公共もある。スマトラ島のブルネイでは、同性愛者を死刑とする憲法が発効、国際的な人権団体などによる批判に対して、同国政府は「尊敬と理解を求める」と反論している。そこで「行儀良くしている」ことは、自身の性辞任や性志向に反すること、自分らしく生きることを諦めなければならないことでもある。ヘテロセクシャリティが「正常」という公共にあっては、LGBTQを認める価値観、仕組み、行為は厳しく攻撃される。

はたまた、議会制度(代表制/間接民主主義)を認める公共にあっては、選挙は必要な機会と費用であるが、先の一斉地方選挙に見られるように、投票率が半分を割るような状況が加速していくとすれば、「安上がりな政府」に傾くことになる。これは、富の再分配の点でいかに適切だろうか。

ことほどさように、公共性がどのような発想にもとづき、どんな仕掛けや制度が作られ、個人や集合・集団に影響を及ぼしていくのか、が問われるべきテーマとなる。もちろん、この問いは、学校教育にとっても「いろはのい」のであり、私が公教育経営という言葉を恩師から学んで我流につかっているのは、それは優れて公共性に関わっているからだ。学生にも是非、振り返り考えてほしいテーマである。

by walk41 | 2019-04-24 18:05 | ことばのこと | Comments(0)
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榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
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